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大瑠璃(おおるり)27 side楓
「…僕は、君たちがいいなら番ってもいい、とは言ったけど、こんなに強く噛んでいいとは、言ってないはずだけど?」
誉さんは噛み痕を見た瞬間、思いっきり顔をしかめた。
「…返す言葉もありません…」
「はぁ…まぁ、気持ちはわからなくもないけどね。こんなにくっきりした痕があれば、他のαがちょっかいだそうって気も起きないだろうし」
しょんぼりと項垂れた蓮くんに向かって、呆れたように溜め息を吐きながら、俺の傷の状態を確認し。
首に包帯を巻いてくれる時に、誉さんの手が首に触れて。
瞬間、ぞくっと悪寒が走り、思わず身体を離してしまった。
「あ…ごめんなさい…」
そんな自分の無意識の反応にびっくりしてると、誉さんが優しく微笑む。
「謝らなくていい。それが、番を得たΩの正しい反応だから。番以外のαには、拒否反応が出て当たり前なんだよ」
「でも…」
誉さんには、今までたくさん助けてもらったのに
こんな恩を仇で返すようなことするなんて…
「さてと。顔色はすこぶる良いし、体調も問題なさそうだけど。念のため、検査しておこうか」
自己嫌悪に落ち込みかけた俺を掬い上げるように、誉さんが明るい声で話題を変えた。
「あ、すみません」
そこに、唐突に蓮くんが口を挟む。
「申し訳ないんですが、検査は後日にしてもらえませんか?」
「なにかあるのかい?」
「ええ。大事な用事が」
「そうなの?」
またまた、そんな話聞いてなくて。
不思議に思って首を傾げてたら、誉さんは俺と蓮くんの顔を交互に見て。
したり顔でニヤリと笑った。
「わかった。じゃあ、来週にしよう。蓮くんは、いつ休み取れるのかな?」
「来週は…水曜か木曜の昼ならなんとか時間取れるけど、夕方には戻んないと…さすがにちょっと、1日は休めないので」
「そうか。じゃあ水曜の13:00で予約取っておくよ。もし、検査が長引くようだったら、那智を呼んで自宅まで送らせてもいい」
「いいんですか?そんなに甘えてしまって」
「ああ。あいつも、楓に会いたがっていたからね。もう少し落ち着いたら、四人でゆっくり食事でもしたいね」
「はい、是非」
誉さんからの素敵な提案に、俺は蓮くんの返事と同時に頷く。
「藤沢くんや亮一先生には?もう番になったことは伝えてるかな?」
「はい、メールでは。今度、ゆっくり時間取ってきちんと報告するつもりです」
「それがいい。みんな、きっと喜ぶよ」
そうして、すごく優しい眼差しで俺を見つめて。
「…いい顔になったね、楓。僕が見てきた中で、今が一番綺麗だよ」
柔らかい微笑みと共に告げられた言葉に、胸がいっぱいになって。
「ありがとう…誉さん…」
不意に涙が込み上げた。
病院を出て、再び車に乗ると。
蓮くんはマンションとは違う方角へ、車を走らせた。
「いいよ、眠ってて。ヒート明けで連れ回したから、少し疲れただろ?」
蓮くんがそう言って。
でもなんとか起きていようと頑張ってみたんだけど、いつの間にか眠ってしまっていて。
次に目を覚ました時には、車は美しい夕焼けに照らされた海岸沿いの道を走っていた。
「えっ…!?」
「あ、起きた?もうすぐ着くから、ちょうど起こそうと思ってたんだ」
車で来たのは初めてだった
でも前方に見えるその島は
決して忘れることの出来ない場所
「…江ノ島…?」
「うん。…新しい俺たちを始めるのは、やっぱりここしかないと思ってさ」
蓮くんは前方を見つめたまま。
ハンドルから外した左手で、俺の手をぎゅっと握った。
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