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大瑠璃(おおるり)28 side楓

車を止め。 茜色の空を映して輝く美しい水面(みなも)を、肩を並べて眺めながら歩いた。 やがて、夜の帳が少しずつ空を覆い始めた頃。 辿り着いたのは、あの幸せだった日に二人でブレスレットを交換しあった、海辺のベンチだった。 「座って?」 促されるまま、腰を下ろすと。 あの日の幸せな記憶が津波のように押し寄せてきて。 思わず、もうとっくになにもなくなってしまった左の手首を、右手で掴む。 「…ごめ…ね…」 「ん?」 ブレスレットが弾け飛んだあの瞬間の哀しみが 激しい胸の痛みと共に沸き上がってくる 「あの、ブレスレット…俺の不注意で、壊してしまって…それでもあのターコイズだけはって、拾ったのに…結局、それも失くしちゃった…」 失くなったことに気付いたのは、那智さんたちに助け出された後の事で。 もう、探す術なんて欠片も残っていなくて。 あの瞬間 俺は蓮くんの番になる資格を失ったんだと そう感じた 「…楓…」 「ごめん…二人だけの大切なもの…失くしちゃってごめん…」 涙が流れ落ちた俺の頬を、蓮くんの大きな手が包み込む。 「楓、顔を上げて?」 優しく包み込んでくれるような声音に、恐る恐る顔を上げると。 蓮くんは優しい眼差しで微笑んで。 おもむろに、ジャケットの胸ポケットの中から何かを取り出した。 出てきたのは、ネックレス。 細いプラチナのチェーンの先、トップの部分には黒い石に挟まれたターコイズが光っている。 「っ…これ…」 「あの時と同じ石じゃないけど…俺の気持ちはあの時と同じだ。なにも変わらない。愛してる、楓。おまえだけを、愛してる。これから先、俺が必ずおまえを守る。これは、その証だよ」 もう、何度も繰り返し届けてくれる愛の言葉を、またくれて。 蓮くんは、俺が送ったブレスレットをつけた腕で、俺の首にそのネックレスを掛けてくれた。 「蓮くんっ…」 「それから、これ」 そうして、今度はズボンのポケットから小さな箱を取り出す。 「…え…」 蓮くんの長い指がその箱を開くと、中から出てきたのはシンプルなプラチナのペアリング。 「っ…!」 「俺たちは兄弟だから…正式に夫夫になることは出来ないし、もしかしたらこの先もたくさんの困難が待ち受けているかもしれない。でも、二人でいれば絶対に乗り越えられるから。だから…俺と一緒に生きて欲しい。これから先、ずっと…いや、永遠に側にいてくれ」 「…蓮くん…」 涙が溢れて止まらない俺を、蓮くんは困ったように眉を下げて見つめて。 「…答えは、くれないの?」 そう、言った。 慌てて、頬を濡らす涙を腕で拭って。 今、俺に出来る精一杯の笑顔を作る。 「俺の方こそ…永遠に、蓮くんの側に居させてくださいっ…」 頭を下げると、蓮くんは嬉しそうに笑って、濡れた頬にキスをくれて。 それから俺の左手を取ると、箱の中から取り出したリングを恭しく薬指に填めた。 「…綺麗…」 僅かに空を覆う残照に左手を翳してみると、キラリと美しく光り輝いて。 喜びに胸がいっぱいになる。 「俺にも填めて?」 そう強請られて、震える手で蓮くんの左手薬指に同じリングを填めると。 不意に強く抱き竦められた。 「愛してる、楓。もう絶対に離さない」 「うん…俺も、蓮くんだけを愛してる…だから、もう絶対離れないから…」 力強い腕の中で、顔を上げると。 蓮くんは幸せそうに微笑みながら、ゆっくりと顔を傾けてきて。 俺は目を閉じて、その熱い唇を受け止めた。 第三部  END

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