291 / 566

鶺鴒(セキレイ)2 side志摩

「結婚式なんかは…どうするって?」 九条家に向かう車の中で、那智さんが聞いた。 「入籍は、龍さんが戻ってきて落ち着いたらって言ってるけど、結婚式は赤ちゃんが生まれてからにするって。親戚やお得意先へのお披露目も兼ねてるから、家族だけで…っていうわけにはいかないみたい。龍さんは、親戚に僕を会わせるのは嫌みたいなんだけど」 「Ωを妻にすること、恥ずかしいとでも思ってんじゃないのか?」 「…九条の親戚の中には、まだまだα至上主義の人たちが沢山いるから、そういう人たちに僕が嫌なこと言われるんじゃないかって心配してくれてるみたいだよ?」 「どうだか…」 吐き捨てるようにそう言った那智さんに、これ以上なにも言えなくなって。 僕はうつむき、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。 「…嫌なこと言われたり、されたりしたら。いつでも戻ってこい」 黙り込んでしまった僕の頭を、那智さんはぐしゃぐしゃっと撫でる。 「俺たちは、ずっとおまえのこと思ってるから。だから、無理せずにしんどくなったらすぐに戻ってくるんだぞ?いいな?」 念押しするような言葉に、顔を上げると。 車はちょうど九条家の前に止まった。 那智さんは身体ごと僕の方へ向くと、すごくすごく不安そうな目で、僕を見て。 「…くそっ…こんな気持ちで、おまえを手放すなんてっ…」 小さく舌打ちすると、おもむろに僕をぎゅーっと抱き締める。 「な、那智さんっ…!?」 「…すまない…」 消え入りそうな謝罪の言葉は、誰に向けてのものだったのか… 「…いつまでも、俺がこんなんじゃダメだな…」 戸惑いながらも、その腕の中でじっとしていると。 しばらく経ってから僕の背中をポンポンと叩き、僕を離した。 「…幸せに、なれよ」 そうして、無理やり作ったような笑顔を向けて。 僕の背中をもう一度ポンと叩くと、逃げるように顔を背けてドアを開け、車を出る。 僕はなんだかモヤモヤしたものを抱えたまま、その後に続き。 世界を分断するような鉄格子にも似た、九条家の門の前に立った。 那智さんが呼び鈴に手を掛けたとき、玄関が開いて。 「…わかった。すぐに向かう」 お義父さんが秘書の人を引き連れて、どこかへ電話しながら少し慌てた様子で出てくる。 「あ…」 はた、と僕と目が合ったお義父さんは電話を切り、ふわりと優しげな微笑みを浮かべた。 「いらっしゃい、志摩くん」 「あ、きょ、今日からお世話になりますっ!」 慌てて頭を下げると、お義父さんはこっちへ歩いてきて直々に門を開けてくれる。 「すまない。今夜は君の歓迎の晩餐のつもりだったんだが、少しトラブルがあってね…なるべく早く帰るから」 「あ、は、はい。でも、ご無理なさらず…」 「ありがとう」 僕に優しく笑いかけて。 それからお義父さんは、ゆっくりと那智さんへと向き直った。 「君が…相馬那智くん、だね?」 「…はい」 那智さんが、はっきりとわかるくらいに顔を強張らせて身構えたとき。 「今まで…私の息子を守ってくれて、ありがとう」 お義父さんが、そう言って深く頭を下げた。 「えっ…!?」 那智さんが、大きく目を見開く。 お義父さんは、僕の背中にそっと手を添えた。 「志摩はもう、私の大事な息子だ。この子と私の孫を守ってくれて、ありがとう」 「あ…はい。いえ…こちらこそ、志摩をどうぞよろしくお願いします。…もう二度と、Ωだからと苦しむことのないように…あなたがきちんと、守ってやってください」 那智さんは、まるで挑むような鋭い眼差しでお義父さんを見つめたけれど。 お義父さんは、微笑みを絶やさずに鷹揚に頷く。 「わかっている。約束しよう。志摩を決して不幸にはしないと。私の、全てをかけても」 「…よろしく、お願いいたします…」 那智さんは、なぜか苦しそうに顔を歪め。 それから膝に頭が付きそうなくらいに深く、頭を下げた。

ともだちにシェアしよう!