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鶺鴒(セキレイ)3 side志摩
慌てて出掛けていったお義父さんを見送り。
上がってお茶でも、という小夜さんの誘いを断って帰っていった那智さんを見送って。
僕は、僕の新しい家へと足を踏み入れた。
「お部屋、ご案内しますね」
「ありがとうございます」
小夜さんに案内されて、リフォームが終わった2階の部屋へ入る。
3つの部屋の壁を取り払い、リビングと寝室の2つの部屋になったそこはまだ、寝室に大きなベッドと、リビングにソファセットが置かれているだけの、生活感のない場所だった。
他の家具は、龍さんが出張から戻ってきてこの家に引っ越してきたら、二人で選びに行こうって言ってくれたから。
「なんか…寂しいな…」
今まで暮らしていた、柊さんが愛したアンティーク調の家具に囲まれた優しい部屋とはあまりにも違いすぎて。
持ってきた少しの洋服をクローゼットにしまいながら、思わず声に出してしまった。
「龍さんが戻られるまでの辛抱ですよ。旦那様も、これからは少しお仕事をセーブして、家にいる時間を増やされるようですし…お子さまがお生まれになったら、親子三代、きっと賑やかになりますから」
それを手伝ってくれている小夜さんは、僕を元気付けてくれるように微笑む。
その気遣いが申し訳なく感じて、僕は慌ててにっこりと笑顔を作った。
「はい!そうですよね!」
ダメダメっ!
前向きに行こうって、決めたでしょ!
この子の為にも、僕は強くなるんだから!
「…私も、触らせていただいて宜しいですか?」
無意識にお腹に手を当てると、小夜さんがそっと右手を差し出してくる。
「もちろん!どうぞ」
その手首を掴んで、お腹に導くと。
ほわんと、小夜さんの手が触れた場所が温かくなった気がした。
「もうそろそろ、動きますか?」
「え!?動くんですか!?」
「ええ。5ヶ月を過ぎると。龍さんはとても元気な赤ちゃんでしたから、それはもうポコポコと奥さまのお腹を蹴ってらして…奥さま、よく痛がってらっしゃいました」
思い出したのか、小夜さんがクスクスと楽しげに笑う。
「そんなに!?」
想像つかない…
僕の知ってる龍さんは
とっても落ち着いてる大人の男の人だもん…
「じゃ、じゃあ、小さい頃もやんちゃな感じだったんですか?」
「ええ。家の中でじっとしてるより、外で駆け回ってるのがお好きでしたから、よく泥んこになって帰ってきて。いつだったか、捕まえたカブトムシを家の中に持ってきて、奥さまが悲鳴をあげて倒れてしまいましてねぇ…お兄さんの蓮さんにこっぴどく怒られて、拗ねて泣いたこともありましたねぇ」
「ええっ…!?」
益々想像つかない…
「蓮さんが大人しくて物静かな、年の割にはずいぶん落ち着いた子どもだったのと対照的に、龍さんは活発でいつも元気で…龍さんが笑うと、旦那様も奥さまも嬉しそうで。いるだけで周りを明るくしてくれる、この家のムードメーカーだったんですよ?」
「へ、へぇ…」
やっぱり想像つかない………
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