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鶺鴒(セキレイ)4 side志摩
それから僕は、小夜さんに強請って龍さんの小さい頃の話をたくさんしてもらった。
その話には、必ずお兄さんの蓮さんの話も出てきて。
途中から、もう一人のお兄さんの楓さんが出てきた。
不思議に思って訊ねると、楓さんは本当はお義父さんの弟の子どもで、弟さんが死んじゃったから龍さんが5歳の時に引き取ったんだって教えてくれた。
しっかり者のお兄さんの蓮さんと、優しくてピアノの上手なお兄さんの楓さんと。
末っ子で伸び伸びと元気に育っていた龍さんと。
小夜さんの思い出話に出てくる3人は、絵に描いたように仲の良い兄弟で。
小夜さんも、まるで本当の我が子のことを話すように嬉しそうで。
なのに、どうして今は龍さんはひとりぼっちなの…?
どうしてあの時、楓さんの名前が出た途端、苦しそうに顔を背けたの…?
どうして……
「…そんなに仲良しだったのに。どうして蓮さんと楓さんは家を出ちゃったんですか?本当なら、蓮さんがこのお家を継ぐ予定だったんですよね?」
何気なく、疑問に思ったことを聞いた。
途端、それまで楽しそうだった小夜さんの顔が一瞬で凍りついた。
「あ、あの…その辺りは、私にはわからないんです。私はここを辞めてしまったので…」
「そうなんですか」
「いけない!ついついおしゃべりに夢中になってしまって…すぐに、夕食の支度しますね」
そうして、明らかに取り繕った笑みを貼り付けると、逃げるように部屋を出ていく。
やっぱり…
3人になにかがあったんだ…
でもいったいなにが…?
疑問に感じながらも、あの様子じゃこれ以上を小夜さんから聞くことは出来そうになかったし。
龍さんもお義父さんもいないから、他に聞く人もいないし。
行き詰まった僕は、考えるのを一旦諦め、部屋を出て広いお屋敷の中を探検してみることにした。
これからきっと長く住むことになるだろうから、どこになにがあるのか知っておいた方がいいだろうし。
大きなお屋敷の部屋を一つ一つ確認しながら歩いて。
最後に1階の突き当たりの部屋のドアを、開いた。
そこは真っ暗で、手探りでスイッチを探し、電気を点けると。
「うわぁ…」
真っ先に目に飛び込んできたのは、立派なグランドピアノ。
明かり取りの窓もない、防音設備の整ったような部屋の真ん中に、綺麗に磨き上げられたピアノがあって。
壁際には、びっしりとピアノの本が並んだ本棚と。
二人掛けのソファが備え付けてある。
楓さんの練習室、だったのかな?
小夜さんが、楓さんは暇があればピアノを弾いてたって言ってたから…
まるで柊さんみたいだな、なんて思いながら、本棚へと足を向ける。
びっしりとピアノの教本が並んでるその中に、よく知ってる背表紙の本を見つけた。
思わず本棚に近寄り、その本を取り出す。
それは僕の部屋にあった…というか、柊さんが置いていったピアノの本と全く同じものだった。
手に取った本を、何気なくパラパラと捲ってみて。
ドキリ、とした。
「え…?」
その楽譜にびっしりと書き込まれた筆跡に。
すごくすごく見覚えがあったから。
「え…え?ええっ!?」
僕は焦って、他の本を取り出そうとして。
その段の本を、大量に床に落としてしまった。
「わわわっ…」
慌てて拾い集めようとしたら、持ち上げた本の中からヒラリと一枚の写真が落ちて。
「………………え?」
そこに写っていたのは
まだ幼さの残る学生服姿の龍さんと
龍さんと同じ制服を着た
龍さんと同じ年くらいの、お義父さんによく似たすごくカッコいい男の人と
そうして
まるで二人に守られるように挟まれた真ん中で
同じ制服を着て楽しそうに笑っていたのは
「……柊……さん……?」
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