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鶺鴒(セキレイ)5 side蓮
「ただいま」
リビングのドアを開くと、楓は珍しくソファに座って雑誌を読んでいて。
「おかえり、蓮くん」
いつものようにふわりと微笑んで、立ち上がり。
俺の頬に触れるだけのキスをくれた。
「ご飯、出来てるよ。着替えてきて」
「ああ」
一瞬で離れていった唇に、物足りなさを感じたけれど。
楓はくるりと背中を向けて、キッチンへ向かってしまったから。
俺も仕方なくベッドルームへ向かい、スーツを脱いだ。
しかし、珍しいこともあるもんだな…
俺が帰ってくる時にピアノを弾いてなかったことは、今まで一度もなかったのに。
そんなに気になる本だったのか…?
いつも出迎えてくれる優しい音色がなかったことに一抹の寂しさを覚えつつ。
部屋着代わりのスウェットに着替えて、リビングへ戻る。
楓が座ってたソファの側を何気なく通り過ぎようとしたとき。
不意に、さっきまで楓が読んでた雑誌の表紙が目に入った。
それは、テレビCMでもよく見る求人情報誌だった。
「…楓」
思わずそれを掴んで、キッチンで味噌汁を温めている楓の側に近付く。
「ん?」
「これ、なに」
そうして、印籠のようにそれを目の前に突きつけてやると、楓はぐるぐると鍋をかき混ぜながら、きょとんとした顔で首を傾げた。
「なにって、求人情報誌」
「なんで、こんなもん読んでんの」
「なんでって、バイトでもしようかと思って」
…………は?
「でもさ。俺、よく考えたらまともな仕事したことないんだよね。高校だって出てないしさ。接客なら、まぁ出来るような気もするけど、前にどこで働いてたかって聞かれたら、正直に答えていいのか悩むし…。性別学歴経験不問!なんて書いてあるとこもあるけど、ホントなのかなぁ?」
「…ちょっと待て、楓」
衝撃で一瞬思考回路が断絶し。
ようやく動き出した頭で、とりあえず楓の言葉を遮った。
「おまえ、この本どうした?」
「どうした、って?」
「どこで手に入れた?」
「どこでって…近くのコンビニだよ?」
「一人で出掛けたのか!?」
「一人でって…歩いて2.3分じゃん」
「買い物はネットスーパーでって、いつも言ってるだろ!」
「だって、どうしてもアイス食べたかったんだもん」
「…アイス…」
約束を破った理由が、思ってもなかった軽すぎる動機だったことに目眩がする。
「アイスなら、連絡くれれば俺が帰りに買ってくるから…」
「その時に、どうしても食べたかったんだもん。蓮くん、待てないもん」
「待てないって…」
子どもみたいに頬を膨らませた楓の姿に、思わず頭を抱えると。
「ちょっとくらい大丈夫だよ。番になったんだから、もうフェロモン撒き散らすこともないし。蓮くん、過保護すぎ!」
楓はそう言って、ちょっと乱暴にガチャンとコンロの火を止めた。
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