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鶺鴒(セキレイ)7 side蓮
「…ねぇ。それ、惚気話 ?」
俺が一気に捲し立てると、春海は心底嫌そうな顔をした。
「は?どこがだよ!んなわけあるか!」
「そうかな?俺には、二人が仲良くイチャイチャしてるようにしか聞こえないけど?」
呆れたように肩を竦め、ジョッキに半分ほど残ってたビールを一気に飲み干す。
「あーあ。相談事って言うから心配して来たのに、阿呆くさ」
「阿呆って…俺は、真剣に悩んでるんだ!」
「なにを?バイト、許してやるかどうか?」
「…それは、断固拒否」
「だ、ろうね。あ、すみませーん。生、もう一杯!」
春海は大声で次のビールを頼むと、枝豆に手を伸ばした。
「じゃあ、なにを悩んでるのさ?」
枝豆を次々に口に放り投げながら、チラリと横目で促され。
俺は、大きく息を吐き出す。
「…俺は、またあいつを籠の鳥にしてるのかと思ってさ」
ぼやくように呟くと、春海は驚いたように目を見開いた。
「…懐かしい。高校ん時、そんな話したな」
「あの時おまえに言われたこと、結構ショックだったからさ。よく覚えてるよ」
「楓のクラスの奴を転校させたんだっけ?えげつないこと、やったよなぁ」
「…俺が直接そうさせたわけじゃない」
「ふっ…あの時も、そう言ってた」
「お待たせしましたー。生です!」
「ありがとー」
面白そうに笑って、ちょうどやってきたビールを一口飲む。
「…わかってんだ。籠の鳥にしてるって」
「そりゃあ…」
「だったら、もう少し楓のこと信じてあげたら?楓、蓮が思ってるよりもしっかりしてるよ?」
「わかってるよ、そんなこと。ただ…」
言い澱むと、ジョッキを口に当てたまま眉をくいっと上げて、その先を促された。
「…怖いんだ」
「え?」
「あいつ、表面上はだいぶ良くなったように見えるけど…まだ、夜中魘されるんだよ。泣き叫んだりするわけじゃないけど、ただ静かに涙を流して…明け方までそうしていることが多かったんだ。けど、最近ようやく抱き締めて背中を擦ってやると、すぐに落ち着くようになってきててさ。もっとも、本人は起きた時には覚えてないんだけど」
闇に覆われた部屋の中で。
苦しそうに顔を歪めて、はらはらと音もなく涙を流す姿。
それは未だ楓の心の中にある闇が、楓自身を蝕んでいることを俺に伝えているようで。
思い浮かべるだけで、胸が苦しくなる。
「もし、俺のいないところでなんかあって、またあいつが傷付くようなことになったら…そう考えただけで、怖くて仕方なくて…。本当は、楓の望むようにさせてやりたい。今までずっと、自分の望まない道を歩まされてきたあいつを、自由に生きさせてやりたい。そう思ってるのも本当なんだ。でも…もしまた、俺の前から消えるようなことになるくらいだったら…俺だけが愛でられる小さな籠に、一生閉じ込めていたい…そんな風に、思ってしまって…」
「…蓮…」
「…最低だよな、俺」
「…そんなこと、ないよ…なんとなく、おまえの気持ち、わかるし…」
自嘲気味に笑うと。
春海はひどく苦いものを飲み下すように、ビールをまた口に運んだ。
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