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鶺鴒(セキレイ)13 side蓮

数日後。 「総支配人。少しよろしいですか?」 今日の宿泊客のチェックをしていると、ノックの音の後に和哉が顔を出した。 「ああ。どうした?」 「一つ、企画を考えたので、見ていただきたくて」 「企画?」 「ええ。先程送ったメールに添付してあるので、確認お願いします」 突然なにを言い出すんだと首を傾げながら、メールを開くと、タイトルのないメールが確かに5分前に和哉から届いていて。 俺は、言われた通りに添付資料を開く。 「前々から考えていたんですが、チェックインのピーク時間に、他のホテルではやらないようなウェルカムサービスをやりたいと思ってまして」 「…なるほど」 「うちの格式にあったものはなんだろうと考えて…ピアノの生演奏なんかいいんじゃないかと」 「へぇ…えっ!?」 和哉の言葉を聴きながら、その資料をスクロールして読んでいると。 目に飛び込んできた文字に、手が止まった。 そこには「ヒメ」の文字が… 「…おい、このヒメって…」 驚いて顔を上げると、和哉はいつもの、なにを考えてるのかわからないフラットな表情で首をかしげる。 「ご存知ないですか?少し前に某動画サイトで話題になってた、ストリートのピアニストなんですが」 「いや、知ってるけど…」 知ってるもなにも 毎日俺はそのピアノを聴いてるけど… 「最近、動画も上がっていないんですよね。ヒメが使っていた銀座の商業施設のピアノも、最近撤去されてしまったようですし」 「え!?そうなのか!?」 「ええ。なので、逆にうちにとってはチャンスかと。専属契約を結んで、うちのホテルで弾いてもらえれば、話題性も抜群ですし。良い宣伝になってくれると思うんですが」 淡々と話すその瞳を、じっと見つめ返す。 和哉は目を逸らすこともなく、まっすぐに俺の眼光を受け止めていて。 その瞳の奥には、なんの悪意も感じられなかった。 「…春海に、聞いたのか?」 「なんのことです?」 俺の問いかけに、ようやく微かに口角を少しだけ上げ、目を細める。 「いいのか?」 「どういう意味ですか。これは、俺が考えた企画ですよ?」 続けた問いには、ついにぷっと吹き出した。 「例えばヒメが今、このホテルに勤める誰かの番でも。従業員の中には、ヒメのファンが多いんです。やっかむどころか、きっとみんな喜ぶと思いますよ?それくらいの魅力がヒメのピアノにはあると、俺はそう思ってますけど」 そう言って微笑んだ、その顔は。 長いこと側にいる俺でも知らない、とても優しく柔らかい顔。 「でも…困ったことに、誰もヒメにコンタクト取れないんですよね。ヒメチャンネルにコメントを残しても、どうやら本人は見てないようですし…どうしましょう?」 わざとらしく困った表情を作るのに、俺は大きく息を吐いた。 「…わかった。俺がヒメにコンタクト取ろう」 「え?蓮さん、ヒメの連絡先わかるんですか?」 「…それは、ちょっとわざとらしすぎだぞ?」 下手な芝居じみた台詞には、ちょっと厳しい顔を作ってやると。 和哉は珍しく、ぺろっと舌を出す。 「すみません」 初めて見せるおどけた様子に、こんな一面もあったのかと新鮮な気持ちで微笑むと、和哉も微笑んで。 一緒に暮らしていた頃でも こんなに穏やかに笑いあったことなんてなかったんじゃないだろうか 俺たちの間にはいつもどこか 微かな緊張感が漂っていることが常だったから… 「では、よろしくお願いしますね。絶対に口説き落としてください」 和哉はそう言って。 なんの余韻もなく、くるりと背中を向けて部屋を出ていく。 そうして、ドアが閉まった瞬間、大事なことに気が付いた。 「俺、まだこの企画承諾してないけど…?」

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