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鶺鴒(セキレイ)18 side蓮

「…悪い、和哉。おまえ、説明してやって?」 「は?なんで俺が?」 「こういうの、おまえの方が得意だろ」 和哉から飛び出た「イチャイチャ」って単語に、突然途轍もない羞恥心が沸き上がって。 俺は慌てて口元を片手で覆うと、和哉から目を逸らした。 「…わかりました」 和哉は今度こそ、盛大な呆れ顔で俺を見て、仕方なさそうに溜め息を吐く。 「まぁ、全部読めったって、楓には無理でしょうから…とりあえず大事なところだけ、確認してください。演奏時間は基本的に17時から19時まで。選曲は全てお任せしますが、基本はクラシックでお願いします。万が一、お客様からリクエスト等があった場合は、それに答えてもらっても構いませんが、あくまでもウェルカムサービスなので、Jポップなどは控えてください」 「はい」 「お休みは週に2日。基本、金曜と土曜は出勤してもらいます。休みは…蓮さんと同じ日でいいんですよね?」 「…ああ」 「え?そうなの?」 「でしたら、こちらで把握できますので、申請は大丈夫です。あと、三ヶ月に一度のヒート休暇も同様ですね」 「ああ」 「え、そうなの?」 「出勤時間は16時。こちらが手配したタクシーをマンションまで迎えに行かせます」 「運転手は、Ωであることは確認してるんだろうな?」 「ええ、その辺はご心配なく。控え室として、客室の一室を押さえてあります。帰りは蓮さんが連れて帰るそうなので、終わったら控え室でお待ちください」 「控え室は?どの部屋を押さえてある?」 「この総支配人室の下の階を…って、蓮さん。俺は今、ヒメさんに説明しているんですが」 「…あ」 思わず口を挟んでしまったのを、和哉にじろりと睨まれて。 楓が、隣でぷっと吹き出した。 「…すまない」 「いえ」 和哉の何度目かの溜め息と、クスクスと楓の可愛い笑い声が同時に響く。 「もう…あとは、蓮さんに聞いてください。あなたの想像通り、あなたに不利なことはなんにもないですよ」 「おい、和哉…」 「あ、お給料だけは確認してくださいね。ここです」 「はーい」 まだ笑いながら返事をし、和哉に指差された部分を読んで。 「えっ!?」 楓は、小さな驚きの声を上げた。 「なんです?不満でも?」 「ふ、不満なんてとんでもない!っていうか…多すぎるよ…」 「そんなことはありません。動画サイトで人気の、あのヒメさんと専属契約を結ばせていただけるんですから。これが、妥当な金額ですよ」 「は、ぁ…そう、なの…?」 不思議そうな顔で、また俺を見上げるから。 「そうだよ」 大きく頷いてみせると、まだどこか納得できなそうにしながらも。 「…わかった」 小さく頷く。 「あと、これは契約書には明記していないんですが、大切なことをもう一つ。このホテル内にいる間は『ヒメ』として通してください。絶対に『九条楓』という名前は出さないこと。いいですか?これは、あなた自身を守るためでもあります。本当のあなたのことを知っているのは、ここでは蓮さんと私だけですから」 「…はい」 続いた和哉の言葉に、楓はほんの少しだけ表情を硬くした。

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