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鶺鴒(セキレイ)25 side楓
慌ただしく出ていった蓮くんの姿が見えなくなると、なぜだか漠然とした不安が沸き上がってきて。
俺はしばらくドアから目が離せなかった。
「…蓮がいないと、不安かい?」
伊織さんの声に、はっと我に返り。
途端に恥ずかしくなって、慌てて身体の向きを戻して、目の前に置いてあったワインを一口飲む。
「いえ…そんなこと、ないです」
蓮くんがずっと傍にいないと不安なんて、まるで子どもじゃん
お仕事ももらったんだから、もっとしゃんとしなきゃいけないのに!
「ふふっ…無理はしなくていい。君のそんな姿もひどく新鮮だな。いつも冷静で隙を見せない蓮の嫉妬する姿も、実に新鮮だったが」
楽しそうな声に、思わず目線を上げれば。
あの頃と変わらぬ熱っぽい眼差しが、まっすぐに俺へと向けられていて。
どくんと、心臓が跳ねた。
「…ずっと、後悔していたんだ」
それまでずっと笑みを浮かべていた伊織さんが、不意に真剣な顔になる。
「あの時、どうしてあっさり手を離してしまったんだろうと、ずっと後悔していた。君にきっぱりと振られて、あろうことかショックでしばらく会いにいけなくてね…あの時は、自分の弱さに驚いたよ。自分がそんなに脆い男だとは思ってもみなかった。そうしている間に、君は綺麗さっぱり姿を消してしまうし…店に足を運んで、君が僕の番になったと信じている人たちに祝福された僕の気持ち、わかるかい?」
「…すみません…」
「君があの店を辞め、モルモットのようなことをしていると知って、あの時無理やりにでも番にしておけばよかったと、何度自分を責めたかわからない。意気地無しの自分にどれほど憤ったことか…今日、君の顔を見るまで、その気持ちが薄れたことはなかった」
伊織さんの抱える苦しさが、その声に乗って届いて。
俺は申し訳なさで、その瞳を見返すことが出来なかった。
あの時俺は自分の気持ちで手一杯で
伊織さんの気持ちなんて考えることすらしなかった
俺がしたことは
優しさだけを示してくれた伊織さんを傷付け
長い間苦しめることだったんだ
「…ごめん、なさ…」
「本当はね、力ずくで取り戻そうと思ったんだ」
もう一度謝ろうとした俺を、伊織さんが強い声で遮る。
「君の居場所は、早い段階で突き止めていたよ。βの藤沢くんに、君を救うことは出来ない。だから今度こそ君を捕まえて、どんなに嫌がっても番にしようと…。でも、それをしなかったのは…蓮が、日本に帰ってきていることを知ったからだ」
「…え?」
唐突に、蓮くんの名前が出てきて。
驚いて、顔を上げた。
伊織さんは、言葉の強さとは裏腹に、なぜか優しく微笑んでいて。
「見てみたくなったんだよ。お伽噺の結末を」
「…おとぎ、話…?」
「運命の番というものがどんなに強い絆なのか、見てみたかった。引き裂かれ、もう決して巡り会わないような絶望的な状況でも、互いを強く求め合えば奇跡を起こせるのか…それを知りたかった。もしそれが叶えば…僕も、たったひとつのこの恋を諦められるような気がしたんだ」
「伊織さん、あの…」
「いいものを見せてもらったよ。君の本当に幸せそうな姿を見て、僕もようやく行き止まりのこの思いに、ピリオドをつけることが出来る。良かったな、柊。これからは、誰よりも幸せになるんだよ」
「伊織さんっ…」
「すみません、席を外して」
まるで、俺たちのことを全て知っていたかのような台詞に、思わず腰を浮かしたのと同時に、ドアが開いて。
息を切らせた蓮くんが戻ってきた。
「ずいぶん早かったね」
「…っ…まぁ、そんなに大したトラブルでは…って、楓?どうした…?」
蓮くんは大きく肩を揺らしながら、訝しげに俺と伊織さんを見比べる。
「なんでもないよ。さあ、食事を再開しようか。蓮も柊も、お腹空いただろう?」
伊織さんは、ひどく楽しそうにそう言って笑った。
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