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鶺鴒(セキレイ)26 side楓
その後の食事の話題は、専ら蓮くんと伊織さんの仕事の話で。
結局、さっきの伊織さんの話の真意を問うことは出来なかった。
伊織さん…
どうして俺たちのことを知っていたんだろう…?
確かに運命の番の話はしたけど
蓮くん、という名前は教えたけど
それが『九条蓮』だと確信するほどの情報はなかったはず
なのに、どうして……
「疲れただろ?今夜はここに泊まろうか」
明日から伊織さんが国会だからと、早々にお開きにして。
俺と蓮くんは、ヒメの控え室として使っているホテルの一室に戻った。
「うん…ねぇ、蓮くん」
俺は伊織さんに貰った花束を抱え、促されるままにベッドの端に腰掛けると、備え付けのポットでお湯を沸かしている蓮くんの背中に声をかける。
「んー?」
「伊織さんって…どのくらい前からの知り合いなの?」
もしかしたら、蓮くんとはずっと前からの友だちだったのかもと、少しの期待を込めながら訊ねると。
「知り合ったのは、つい最近だよ。このホテルの御披露目のときかな」
想像とは違う答えが、返ってきた。
「え?」
「え?って、なに?」
思わず呟くと、カップにコーヒーのドリップバッグをセットする手を止めて、振り向く。
「伊織さん…俺たちのこと、知ってた…俺と蓮くんが、運命の番だってこと…」
「そうみたいだな」
「俺、蓮くんの名前は話したけど、名字は教えてないのに…」
「あの人クラスなら、それくらいの情報で簡単に調べられるんだろ」
「でもっ…俺が九条家の人間だってことは、那智さんと誉さん以外誰も知らなかったのに!?」
「九条の本家に近しい人に、知り合いでもいるんじゃないか?っていうか、もういいだろ」
蓮くんは、少し強めの声で会話を止めると。
足早に俺に近付き、抱えていた花束を取り上げた。
「こんなの、いつまで大事に抱えてんだよ」
そうして、ちょっと乱暴な仕草でそれをベッド下に落とすと、俺の肩をグッと押してベッドに沈める。
「あっ…」
「やっと二人きりになれたんだからさ…他の男のことなんか、考えんなよ」
見下ろす蓮くんの唇は、微かにへの字を描いていて。
あれ…?
蓮くん、もしかして
拗ねてる……?
「…あいつに、惹かれてたんだろ?」
「え…?」
「久しぶりに会って、もしかしてドキドキした?」
「そんなことっ…」
「二人でなに話したの?」
「なにって…幸せになれって、そう言ってくれただけだよ」
「本当に?それだけ?」
「ホントだよ…」
蓮くんの声は、聞いたことないくらい低くて。
でも、怒ってるんじゃなくて、どこか苦しそうに聞こえて。
離れていた間の俺が
彼をまた苦しめているんだと
そう思った
「…ごめん…」
俺と伊織さんがどんな関係だったのか
知らないはずはないんだ
気分がいいはずなんか、ない
伊織さんだけじゃない
俺は誉さんや亮一さんや
その他にもたくさんの人に身体を開いていた
その事実を蓮くんがどう思うのか
俺は考えもしないで……
「ごめん…汚れてて…ごめんね…」
堪えようと思ったのに、堪えきれなかった涙が溢れると。
「っ…ごめんっ!」
蓮くんはハッとした顔で、大声で謝って。
俺の身体を起こし、ぎゅうっと強く抱き締めた。
「違うっ…そうじゃなくてっ…あーもうっ!俺が悪い!ごめん!」
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