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白鷺(しらさぎ)2 side楓
今日の最後の曲はバッハの「アリア」。
このホテルに滞在する人みんなが優しい時間を過ごせますようにと、願いを込めながら最後の音を弾ききると。
パチパチと、暖かい拍手の音が俺を包んでくれた。
「今日も素敵だったわ、ヒメちゃん。仕事の疲れがすーっと消えていったわ」
三日前からこのホテルに滞在している婦人が、声をかけてくれる。
「ありがとうございます」
「私、明日福岡へ戻らないといけないから、今日がヒメちゃんの演奏を聞く最後になっちゃうわ。残念」
「東京へお越しの際は、また是非当ホテルをご利用ください。私はずっと、ここでお出迎えしておりますので」
「ええ。次の出張の時も必ずこちらを使わせていただくわ。その時は、よろしくね」
「はい。お待ちしております」
チャーミングにウィンクをして去っていくその人に頭を下げると。
不意に、痛いほど背中に刺さるような視線を感じて。
思わず、辺りを見渡した。
そうして、少し離れたラウンジから、俺を真っ直ぐに見つめる若い女性と目が合った。
手入れの行き届いた長い黒髪と、真っ赤なルージュを引いた蠱惑的な唇が特徴的な、誰もが目を奪われるような美しさのその人は、まるで挑むような強い眼差しを俺に向けている。
「あ…」
あの人、この間も俺のこと見てたな…
なんだろ…
なんか、すごく敵意を感じるような…
「ヒメさん」
その鋭い視線に身体を縛られるような感じがして、身動ぎ出来ないでいると、後ろから和哉が俺を呼ぶ声がして。
その瞬間、ふっと身体が自由になった。
「…どうかしました?」
振り向いた俺を見て、和哉は訝しげに首を傾げる。
「いや、ちょっと…」
言葉を濁しながら、もう一度ラウンジへと視線を向けると、その女性は俺に背中を向けて立ち去るところだった。
「…なにか、気になることでも?」
「…ううん、なんでもない。ごめん」
無理やり微笑みを張り付けて、和哉に向ける。
明らかな嫌悪感を顕にした眼差しがちょっと気になるけど、あの人、どう見てもαっぽいし。
噛み痕から俺がΩだっていうのは明らかだから、きっと俺のことが気に入らないんだろう。
αの中には、Ωだっていうだけで同じ人間だと思ってない人がいるということは、嫌というほど身に染みてわかっているから。
だからって、具体的になにかされたわけじゃないし、余計なこと言って蓮くんや和哉に心配かけちゃいけない。
蓮くんなんて特に、過剰に防衛しちゃいそうなんだもん。
「ふーん…」
和哉は、探るように俺をじっと見つめたけど。
「今日は、蓮さんが急な打ち合わせが入ったので、俺が送っていきます。残りの仕事片付けてくるので、30分だけ控え室で待っててください」
特になにも追及することなく、あっさりとそう言われたから、俺は心の中でホッと息を吐いた。
「わかった。ありがとう」
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