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白鷺(しらさぎ)4 side楓

「うん、美味しいっ!」 春くんが用意してくれたハンバーグは、ほんの少しだけ懐かしい味がした。 「そう?よかった」 俺を見つめる春くんの目は、一緒に暮らしていた頃と変わらず、とても優しくて。 俺の心を、変わらず優しく包んでくれる。 「ちょっとは料理の腕、上達したでしょ?ずっと楓に作ってもらうばっかりだったからさぁ、最近ちょっと、頑張ってんだ」 「そんなの…春くんの作るご飯は、前から美味しいよ?」 「そう?」 「仕事お休みの日にいつも作ってくれる生姜焼き、すごく好きだった」 「マジかぁ、今日生姜焼きにすればよかったなぁ」 「俺が来ること知らなかったんだから、無理でしょ」 「そうだった!」 食卓を囲みながら話すのは、専ら俺と春くんばかりで。 和哉は俺たちの間に割り込むこともなく、黙々とハンバーグを平らげていたけれど。 「…あ!かず、また人参避けただろ!ちゃんと好き嫌いしないで食べろよ!」 「うるさいなぁ…小姑かよ」 「なんだって!?」 「人参なんか食べなくったって、別に死ぬわけじゃないだろ」 こっそり付け合わせの人参を残したままお皿を片付けようとしたところを、春くんに見つかって怒られて。 でも、悪びれもなく澄ました顔でシンクへお皿を置くと、おもむろにソファの背凭れに掛けっぱなしだったジャケットを手に取った。 「ん?どっか行くの?」 「ちょっと、コンビニ。コーヒー切らしてんの忘れてたから」 「あ、ついでにポテチ買ってきてよ」 「…また、夜中に食う気?太るぞ?」 「わかってるけど、止められないんだよねぇ、これが」 「…あっそ」 春くんの言葉に、呆れたように肩を竦めて。 「じゃ、邪魔者は出掛けてくるから、どうぞごゆっくり」 俺に向かってそう言うと、部屋を出ていってしまった。 「ったく…ごめんね、あんな言い方しか出来ない奴でさ」 「ううん、大丈夫。ホントは優しいやつだって、わかってるし」 昔からそうだった 言い方や表情はいつも素っ気ないけど 気配り上手で細かいところによく気が付いて 知らない間にさっとフォローしてくれてる いつも要領が悪くてのんびりしてた俺は あの生徒会で何度和哉に助けられたかわからない きっと今も自分がいると春くんと俺が話しづらいだろうって気を利かせたんだろう 本当なら俺のこと 憎んでたっていいはずなのに 高校で初めて会った時から 和哉が蓮くんのことを好きなのはわかっていた 彼の目はただひたすら真っ直ぐに蓮くんに向かっていたから あの頃の俺はまだ自分のことをβだと思っていて 蓮くんへの感情もまだ兄弟のそれだと思っていて いつか和哉の思いが届くと良いななんて そんなことを思ったりしていて… あの銀座のデパートのピアノの前で 俺に向けた眼差し あの時俺は自分の感情をコントロールするのに手一杯で 和哉のことを考える余裕なんてなかったけど 今冷静になって思い出せば 和哉はきつい言葉を俺に投げつけながら 瞳はひどく不安げに揺れていたような気がする 親の反対を押しきって アメリカまで蓮くんを追いかけるくらいの想いだ 簡単に諦めきれるはずなんかなかったんだ それなのに今は 蓮くんのことだけじゃなく俺のことまでいろいろ気にかけてくれて 俺が働きやすいように環境を整えてくれて トラブルが起きないようにと常に目を光らせてくれてる 「そんなの…優しい人じゃなきゃ出来ないでしょ?」 「…うん。そうだね」 俺の言葉に、春くんはまるで自分が誉められたみたいに嬉しそうな顔をする。 「俺…ずっとずっと、一人だと思ってた。俺はこの世界でひとりぼっちなんだって。でも、ちゃんと顔を上げて世界を見れば、俺の周りにはいつでも手を差し伸べようとしてくれる優しくて温かい人たちが沢山いること、ようやくわかったんだ。遅すぎるけどね」 「遅すぎるなんて、そんなこと、ないよ。でも、みんなが手を差し伸べたくなるのは、楓だからだよ?そんな風に人の心を素直に受け取れる楓だから、和哉も俺も亮一も那智さんたちも、助けたいって思うんだから」 そう言った春くんの目が、微かに潤んだのが見えた。

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