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白鷺(しらさぎ)7 side楓

蓮くんはビールを片付け、俺のために温かい甘めのミルクティーを淹れてくれて。 俺と向き合って座ると、そっと両手を握り、真っ直ぐに俺を見つめた。 それが、全てをちゃんと受け止めるっていう、蓮くんの強い意思表示だと感じて。 その優しさに押し出されるように、俺はずっと胸の奥にしまいこんでいた思いを、消えることのない苦しさと共にぽつぽつと口にした。 「那智さんに、あの場所から助けられて…療養所から出られた頃は、悲しくて苦しくて…思い出すだけで、吐いてた。龍のこと、憎くて堪らなかったし、出来れば忘れてしまいたいと思ってた」 あの、忌まわしい場所に捕らえられていた頃。 絶え間なく発情誘発剤を打たれ、正気を奪われて。 なにも考えることが出来なかった。 ようやく自分でなにかを考えることが出来るようになったのは、あのこを失ってからもう一年以上経った後で。 そんなにも長い間あのこのことを忘れてしまっていた罪悪感と、龍への憎しみで、どうにかなってしまいそうで。 その時の俺は、考えること自体を放棄することを選んだ。 「でも…あの店に来るお客さんは、九条に関係している人も多くて…嫌でも、九条家の話を耳にした。蓮くんが家を出たことも、お客さんから聞いたんだ。龍が跡取りになったことも。いろんなこと、聞いた。でも、その中で…みんなが口を揃えて言うことがあったんだ…」 「…それは?」 一度言葉を切ると、蓮くんは優しくその先を促してくれる。 「…後継ぎが龍じゃ、頼りない。蓮くんに戻ってきてもらいたい、って…」 ポツリと言葉を落とすと、蓮くんが小さく息を飲んだ。 「その言葉を聞くたびに…昔見た、龍の悲しそうな顔、思い出した。あいつ、ずっと昔から、蓮くんと比較されて苦しんでた。周りの人たちが蓮くんのことばっかり持て囃すから、自分はなにやっても蓮くんには敵わないって、そう思い込んで…」 蓮くんは、ひどく苦し気に眉を寄せて俺の話を聞いている。 「だから、俺だけでも龍のことちゃんと見ててあげようって、そう思ってた。蓮くんの弟じゃない、九条龍って存在を。その時の気持ち、思い出したら…じゃあ、今の龍を認めてくれる人がいるのかなって…もしかしてあいつ、ひとりぼっちなんじゃないかなって…」 「…楓…」 思いが込み上げて、涙が勝手に零れた。 この思いがなんなのか、わからないままに。 「あいつをひとりぼっちにしたのは…俺なんだ…俺が、Ωだったから、龍を狂わせてしまった…俺がΩなんかじゃなかったら…全部、俺のせいなんだ…」 あのこを勝手に奪ったことは 絶対に許すことは出来ない でも 龍を憎みきることも出来ない 許せない 許して欲しい 相反する感情が 俺の中でずっとぐちゃぐちゃに渦巻いている 「蓮くんっ…俺、どうしたらいいんだろうっ…」 涙で、もう言葉にならなくなった俺を、蓮くんはそっと腕の中に包んでくれる。 「…どうにも、しなくていい。無理に、気持ちの整理をする必要なんてない」 「でもっ…」 「龍が憎いのも、許して欲しい気持ちも、全部楓の本当の気持ちだろ?だったら、無理に圧し殺さなくていい。今はその気持ちが半々くらいでも、時が経てば憎しみは消えるかもしれない。逆に、憎しみだけが残るかもしれない。永遠に、このままかもしれない。でも、どれが正解だなんてないんだ。どの気持ちも全部、楓のものだから」 蓮くんの声は、とても穏やかで。 「だから、なにも恐れなくていい。その時その時の自分の気持ちを、ただ受け入れればいいよ。変わってもいいし、変わらなくてもいい。もし、龍を許す日が来たとしても…天国のあのこは、きっと許してくれるよ。もちろん、俺も」 言葉は、俺を優しく包んでくれて。 「うっ…うぅぅぅっ…」 蓮くんの腕の中で、俺は初めて龍のことを思って泣いた。

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