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白鷺(しらさぎ)9 side楓

「あのクソα女に、なんか言われた?」 クソα女って… まさかの和哉の暴言に、かなり内心びっくりしながら。 俺は控え室のベッドに腰かけたまま、彼が淹れてくれたコーヒーを受け取った。 「まぁ…でも、そんなに大したことじゃないよ。あんな人、沢山いるし」 「…でも、怒ってたじゃん」 「それは…蓮くんのことまで、悪く言うから…Ωを利用して、このホテルの価値を上げようとしてる、とか」 「あのクソ女っ…さっさと死ねばいいのにっ」 和哉は、嫌悪感も露に悪態を吐いて。 それから、急に真面目な顔になると、俺に向かって頭を下げる。 「嫌な思いをさせて、申し訳ありません」 「ちょっ…和哉が謝ることないよ!」 「いえ。このホテルで起こったことは、副支配人である私の責任です。このホテルの中にいる間は、みんなが心地よく幸せな気持ちで過ごして欲しい…総支配人の思いは、お客様だけではなく従業員に対しても同じこと。それを守るのが私の役目なので…今夜のことは、全て私の不徳の致すところです。申し訳ありませんでした」 俺に対しても、真摯に謝ってくれるその姿に、胸がじんと熱くなった。 「…嫌な気持ちなんて、もう忘れちゃったよ。だからもう、謝らないで」 「でも…」 「和哉、ありがとね。蓮くんの側にいて、蓮くんを助けてくれてありがとう。昔から、和哉は蓮くんにとって唯一無二の片腕だからさ…和哉が側にいるから、蓮くんは自由に動けるんだと思う。だからこれからも、蓮くんの傍にいて、助けになってね」 「楓…」 一瞬、その瞳が潤んだように見えて。 慌てたように横を向いた和哉の鼻が、スンッて鳴った。 「もう…あんたにはホント、敵わないわ…」 そうして、なぜか俺の頭をちょっと強めにポンポンと叩く。 「痛っ…!なに!?」 「別に」 そう言って。 なぜか楽しそうな顔で、俺の隣に座った。 「でも、あの女には、今後も気を付けた方がいいよ。近付いてきたら、とっとと逃げた方がいい。たぶん、しばらくうちのホテルに出入りするだろうから」 「そうなの?そういえば、蓮くんが今日は大事な打ち合わせがあるから、って…相手、あの人なの?」 「そう。キングスホテルって、知らない?あっちこっちにあるやつ。あの女、そこの社長の娘だよ」 「聞いたこと…あるような…?」 「昔は都内にもいっぱいあったんだけどね。ほら、経営者が、あーいうαじゃなきゃ人間じゃないって感じで、偉そうでしょ?だから、性の平等が叫ばれるこのご時世、敬遠されがちで業績どんどん悪化してんの」 「そうなんだ」 「んで、うちの菊池社長に助けを求めてきてさ…なんか、菊池社長が昔、経営のノウハウをそこの社長に教わったとかなんとか…なんだか恩があるから、断れなかったんだ。蓮さんは、適当なとこで切るつもりだけどね。あんな泥舟、関わったらこっちまで沈められかねないから」 「ふーん…?」 和哉の話は、俺には難しすぎてよくわかんなかったけど。 「それに…あの女、あわよくば蓮さんと結婚しようって考えてんの、見え見えなんだよな。ムカつく」 その言葉だけは、ダイレクトに心に突き刺さった。 「結婚…って…」 頭の中、真っ白になって。 思わず、呟くと。 和哉はチラッと横目で俺を見て、小さく息を吐く。 「ヒメが蓮さんの番ってことは、このホテルの大体の人間にはもう周知の事実だけどさ。結婚は、してないだろ?まぁ、したくても出来ないんだけどさ…でも、そのことはみんな知らないし。あの女みたいに下心のあるやつからしたら、あんたたぶん、体のいい愛人みたいに見えるんだと思うよ。今じゃもう時代錯誤だけど、一昔前はαの正妻がいてもΩの愛人を囲うことは、上流階級の一種のステータスだったみたいだし。だから、あんたっていう番がいても、堂々と蓮さんの妻の座を狙ったり出来るんだよ。ったく…古い時代の遺物みたいなあんな人種、蓮さんが相手にするわけないのに」 最後は吐き捨てるように言って。 ぎゅっと、俺の肩を掴んだ。 「だから、あんたも気を付けて。俺も気を付けて見てるようにするけど、絶対に近付いちゃ駄目だから」

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