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白鷺(しらさぎ)10 side楓

愛人、かぁ… 世間体のためにαの妻を娶って その裏でΩを囲って番にしたり子どもを産ませたりする そういう人たちが今もいることは、言われなくても知っている 実際、あの店に勤めてるときに、愛人にならないかって誘われたことも一度や二度じゃないし それを受け入れて辞めていった仲間も、何人も見てきた 未だ、Ωにとっての一番の幸せとは、αに囲われて人並みの生活が出来ること そう思っている…いや、思わざるを得ない世の中だから 俺は子どもが産めないから、そんな話まともに受け取ったことはなかったけど… 考えれば考えるほど、チクリチクリと胸が痛みを訴える。 別に… 人にどう思われていようと関係ない 蓮くんは俺だけを愛してくれる それを疑うことなんて絶対にない 結婚なんて形式を取らなくったって 俺たちが離れることはない そう、思っているのに… この心を覆い尽くすモヤモヤはなんなんだろう…… 「楓?なんか、疲れてる?」 ソファに寝そべって、意味もなくつけたテレビの画面をぼんやりと眺めてる俺の顔を、蓮くんが心配そうに覗き込んだ。 「あ…ううん、大丈夫」 慌てて起き上がって、笑顔を作ると。 蓮くんはまだ心配そうな顔で、俺を抱き締める。 「疲れてるときは、無理しないでちゃんと言ってよ?仕事、休んでも全然いいんだから」 「大丈夫だよ…蓮くんがぎゅってしてくれたら、いつだって元気になれる」 その広い背中に腕を回しながら、わざと首元で鼻を鳴らして蓮くんの爽やかな匂いを吸い込むと。 くすぐったかったのか、身を捩りながら小さく笑った。 「そんなことで元気になるんなら、いつでも。一日中、ぎゅってしててやる」 「ふふっ…一日中?無理でしょ」 「今度の休み、試してみようか?一日中、絶対離れないの」 「絶対って…トイレとか、どうすんの?」 「一緒に入る」 「えーっ!?絶対やだ!」 ちょっと大きな声を出すと、蓮くんは楽しそうに声をあげて笑って。 俺の唇に、軽いキスを落とす。 すぐに離れていったのがちょっと寂しくて、背中を引き寄せて自分からキスを強請ると、蓮くんは嬉しそうに目を細めて。 今度は息継ぎも出来ないような、深いキスをくれた。 「ふっ…ん…んぅっ…」 吐息さえも奪い尽くされそうな熱さと激しさに、身体の芯まで溶かされる。 唇が離れても、キスの余韻で力なんか入らなくて。 くたりと蓮くんの腕の中に身体を預けた。 「…蕩けちゃった?」 「…うん」 「可愛いな」 嬉しそうに呟いて、何度も何度も俺の頭を撫でてくれる。 その感触が心地好くて、目を閉じると。 「…行きたくねぇなぁ…」 珍しく、ぼやきのような声が降ってきた。 「え?」 思わず腕の中で顔を上げると、蓮くんは困ったように眉を下げて、俺のおでこに触れるだけのキスをする。 「来週さ、急な出張が入っちゃって…あーいやだ!3日も離れたくないっ!」 「3日?」 「うん。今度業務提携する予定の会社の長崎にあるホテルが、来週リニューアルオープンするからさ…視察に来て欲しいって言われてんだ」 「え…」 それって… 「もしかして…キングスホテル…?」 「ああ。…って、あれ?俺、その話したっけ?」 あの人の 真っ赤な唇に浮かんだ勝ち誇った笑みが 頭の片隅を過った

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