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白鷺(しらさぎ)23 side楓
蓮くんが作ってくれたのは、かぶとベーコンの入ったお粥だった。
「あんま、冷蔵庫に食材がなくてさ。これくらいしか作れなかった」
「ううん、十分だよ。いただきます」
蓮くんは、今まで料理は殆どしたことがなかったらしく。
前回から、ヒートの時だけはご飯を作ってくれるようになったんだけど…。
「…美味しいっ!」
口に入れた瞬間に広がったお米とかぶの甘味と、そのすぐ後にやってきたベーコンとコンソメの塩味と旨味のバランスが絶妙で。
思わず、叫んでた。
「そう?よかった」
嬉しそうに自分もお粥を口に運ぶ横顔を見ながら、なんだかちょっぴり悔しい気持ちが浮かんでくる。
「ん?どうした?」
「…なんか、ちょっとムカつく」
「えっ?なんで!?」
「だって、なんでもちょっとやっただけで、すぐ出来ちゃうんだもん」
それがαって性だって
わかってるけどさ…
「…でも俺、ピアノだけは出来ないよ?っていうか、音楽系はまるで駄目」
そんな俺のモヤモヤした気持ちを察したのか、まるで慰めのように蓮くんがそう言った。
「だよね?なんでだろうね?」
「俺と楓が、一つだって証拠だろ?」
「…は?」
「だから、俺に足りない部分をさ。楓が補ってくれてるってこと」
「…そうだね」
音楽の才能なんて
別になくってもいいものだけどね
という言葉は、なんだか楽しそうな蓮くんの様子に、口にするのを止めた。
最近思うんだけど
蓮くんって案外ロマンチストだよね?
前からこんなだったっけな…?
「…あのさ、楓」
昔の蓮くんはどうだったっけ?って、遠い過去の記憶を引き寄せていると。
急に蓮くんが、表情を引き締めて、俺を見る。
「…なに?」
突然、ぴりっと緊張感を帯びた空気に、ドキリと心臓が跳ねた。
「俺、おまえに謝んなきゃいけないことがある」
「え…?」
謝んなきゃいけないこと…?
もしかして、旅行先であの女の人と、なんか……
嫌な予感が過り。
全身から冷たい汗が吹き出す。
「…あのな」
嫌だっ…
聞きたくないよっ……
「今回、アフターピル、飲ませてないんだ」
思わず耳を両手で塞ごうとした瞬間、考えてたこととまるで違う言葉が飛び込んできた。
「え…?あ、そう…」
頭の片隅にもなかったことを言われて、一瞬思考が止まった。
アフターピル、って…
しばらく経って、ようやく意味を理解できて。
俺は、無理やり作った笑顔を、蓮くんに向ける。
「…別に、そんなこと謝んなくてもいいよ。っていうか、そもそも飲まなくてもいいものなんだもん」
ずっとそんなもの必要ないって思ってたけど
あの店にいるときはそれがルールだったし
亮一さんもたぶんそのルールを引き摺ってだけだろうし
「…俺には、必要ないものだから」
息が詰まりそうになるのを、深く息を吸うことで無理やり押し込めた。
だけど、蓮くんはすごく真剣な表情を崩さない。
「…あのな、楓。誉先生がな、可能性はゼロじゃないって。俺たちは運命の番だから、奇跡が起こるかもしれないって」
「…そんなの…」
「だから…可能性がほんの少しでもあるんなら、俺は諦めたくない。だから、楓にも信じて欲しい。信じなきゃ、奇跡は起こらない気がするから…」
「…蓮くん…」
「ごめん。こんなの、俺のただの我が儘だってわかってる。このことで、楓をまた傷付ける可能性があることも、重々承知だ。それでも…諦められないんだ。だから…俺と一緒に、願ってくれないか?もしも願いが届かなくても、俺の愛に変わりはないことを、今ここで誓うから」
「…う、ん…」
ねぇ、蓮くん
俺はね
知ってるんだ
どんなに願っても
叶わないものがこの世のなかには数えきれないくらいあること
奇跡なんて
本当はこの世のどこにもないことを
痛いほど身に染みて知っている
だけど
「…わかった」
今目の前にある
君の清らかな美しい瞳を曇らせたくはないから
いつか傷付くのは
俺じゃなくて君だとしても
他でもない君が
それを望むのなら
「俺も…信じて、みるよ…」
俺は、蓮くんの望む言葉を唇に乗せて。
そっとその胸に寄りかかった。
「…ありがとう…」
蓮くんの手が、そっと背中を撫でて。
なんだかわからない涙が、一粒零れた。
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