342 / 566

白鷺(しらさぎ)25 side蓮

「明日には、株式の75%を取得できる予定です。そうなれば、臨時株式総会を開いて、業績不振の責任を取らせる形であの親子を社長と専務から解任します」 「…さすが、素早いな。私は、もう少し時間がかかると思ってたけどね。九条財閥の元跡取りは伊達じゃないってことか。あの頃の君が、裏で九条財閥の懐刀(ふところがたな)と呼ばれていたこと、知っていたかい?高校生なのに大層な異名だと思っていたが、なるほど、今回それがよくわかったよ」 菊池社長の嫌味にも聞こえる賛辞の言葉に、思わず溜め息を吐いた。 「そんなの、もうとっくに忘れていた過去ですけどね。まぁでも、今回ばかりはあの頃の人脈が役に立ってくれたので…その妙なあだ名も甘んじて受けておきますよ」 「そうしてくれ。こんなに早く殆どの株が集められたのは、全て君の力だからな」 「こういうのは、スピードが大切ですから。勘づかれる前に、終わらせないと」 「フフ…本当に、君は敵に回したら怖い男だな」 そう言いながらも、社長は満足げにコーヒーを一口啜る。 「社長こそ…いいんですか?キングスホテルには、お世話になったのでは?」 「ああ。そりゃあもう…βの私を見下して、偉そうにα主義の経営を叩き込んでもらったよ。尤も、倣うべきこともまぁ少しはあったから、そこは当然盗ませてもらったけどね」 怖いのはどっちだか… 上機嫌な様子に、思わず和哉と目を合わせた。 和哉は苦笑いで首を竦めている。 「だが、君が本気にならなければ、この買収計画は頓挫していたかもしれない。あのバカ娘はまだしも、羽生社長はαだけあって、一筋縄ではいかない男だからね」 「確かに…長崎で少しだけ話しましたが、なかなかの狸に見えました」 「タヌキ…確かに。見た目もそうだな。だが、中身は蛇だ。奴を社長から引き摺り下ろした後、どんな報復をしてくるかわからないぞ?」 「その点については、ご心配には及びません。奴に手を差し伸べる者は、もう誰一人いませんよ。すぐに、自分が裸の王様だったことに気付くでしょう」 「…さすがだな。もうそこまで手を回しているのか。本当に恐ろしいよ、君は」 俺の言葉に、社長はひどく楽しげに声を立てて笑った。 「この買収計画、最初は乗り気じゃなかったのに…そんなに、君の大切なお姫様に手を出されたのが、癇に障ったのかい?」 そうして、スッと目を細めて、俺を見る。 「手なんか、出させませんよ。ただ、あんな下衆な女が俺の大切な番をその目に映すことも、許せないだけです」 「それは…すごいな。ということは、最強なのは君の番のお姫様というわけだ。ただ見られただけで、会社を一つ買収させてしまうんだから」 「…それ、あいつには絶対に言わないでくださいよ?」 「わかっている。私だって、君を敵に回したくないからね」 おどけたように言いながら、時計を確認して。 「そろそろ、お姫様のお仕事の終わりの時間だな。今日こそは、私にも会わせてくれるんだろう?」 おもむろに、立ち上がった。 俺と和哉も続いて立ち上がり、部屋を出てフロントロビーへ向かっていると。 内ポケットに入れていた、仕事用の携帯が震えた。 取り出すと、フロントからで。 「どうした?」 『総支配人っ!大変ですっ!ヒメさんが、変な女に絡まれてますっ!』 嫌な予感に若干焦って応答すると、ひどく慌てた声が耳に飛び込んでくる。 「なに!?」 『なんか、いやーな雰囲気なんで、早く来てくださいっ!』 ちょうどやってきたエレベーターに飛び乗り、一階へ降りると。 グランドピアノの前で、楓とあの女が向かい合ってなにかを話しているのが見えた。 女の目をまっすぐ見返しながらも、楓の手はぎゅっと固く握られ、小刻みに震えていて。 「…っ…!」 慌てて駆け出そうとした俺の手首を、社長が掴んで止める。 「なにをっ…」 「あれが、君のお姫様かい?」 「そうですよっ!離してくださいっ…」 「少し、様子を見てみようじゃないか」 「ええっ!?」 「良い目をしている。αの怒りを真っ直ぐに向けられても、負けてない。珍しいΩだな。面白い」 「っ…面白いって…!」 力任せに、腕を振り払おうとしたとき。 「それに…例え俺が離れたとしても。あなたみたいな人を、蓮くんは絶対に選ばない」 楓の、凛とした涼やかな声が、響いた。

ともだちにシェアしよう!