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白鷺(しらさぎ)28 side蓮
「でも…本当に大丈夫なんですか?あの人、きっとすごく怒ってますけど…」
その後、社長に促されて応接ソファに座っても、楓は申し訳なさそうに眉を下げたままだ。
「すみません、俺…冷静になんなきゃって思ってたのに、なんか途中からワケわかんなくなっちゃって…あのっ、もし謝りに行くんなら、俺も一緒にっ…」
「大丈夫だよ。君は、そんなことしなくていい」
焦って早口で話す楓を、社長が静かな声で制する。
「まだこれは極秘なんだが…キングスホテルとあの親子とは、間もなく縁を切る予定だったんだ。それが少し早まっただけのことだから。寧ろ、これでスッキリと離れられるだろう。君には感謝しているよ。あの高慢なαの悔しそうな顔…実に爽快な時間だった」
クックッと、楽しそうに声を上げて笑う社長に、目を真ん丸にして。
それからまた、俺を見つめた。
「ほん、と…?俺がやったこと、ホントに大丈夫?」
「うん。社長の言った通りだよ。もう、あの人に関わるのは俺たちもウンザリだったからね」
「でも…」
「そんなに心配しないで、お姫様。後の事は、君の王子様が上手くやってくれる。とびきり優秀で、こわーい王子様がね」
茶々を入れた社長を、一睨みして。
楓の肩を抱き寄せ、頬にキスを落とす。
「社長の言う通り、後の事は俺に任せてくれれば大丈夫だから」
「う、ん…」
「ヒメがあの女に言ってくれたこと、俺は凄く嬉しかった。言葉にしなくても、俺の思いや願いをきちんと感じてくれてたこと、本当に嬉しかったよ。ありがとう」
囁きながら唇を寄せると、そっと目を閉じて。
誘うように開かれた唇に、自分のそれを重ねようとした瞬間。
「…っ、わーーっ!」
かっと目を開いた楓が、両手を俺の唇に当てて、力一杯押し退けた。
「あー、惜しい!もうちょっとだったのに」
前から、悔しそうな社長の声が聞こえてきて。
反射的にそっちを向くと、呆れ顔の和哉の隣で、社長がニヤニヤしながら俺たちに向けてスマホのカメラを向けている。
「…社長」
声を低くして、じとっと睨むと。
「ごめんごめん」
悪びれた風もなく、スマホを片付けた。
「もうっ…蓮くんのバカっ!」
楓が、耳まで真っ赤にして、俺の腕をバシッと叩く。
そのまま拗ねたようにそっぽを向くから。
「ごめん。続きは家で、な」
腰を抱き寄せて耳元で囁くと、横目で睨みつつも黙り込んだ。
どうやら、満更でもないらしい。
「可愛いねぇ、君のお姫様は」
「ありがとうございます」
社長の揶揄う声には、笑顔で答えておいた。
「そんなお姫様に、私からボーナスを出したいんだが、いいかな?九条くん」
「え?」
「お姫様のお陰で、このホテルの売り上げは好調だし、あの女もやっつけてくれたしね」
楽しそうな社長がジャケットの内ポケットから出したのは、最近京都にオープンしたばかりの菊池グループの高級旅館のチケット。
その場所に、一瞬ぎくりとする。
「たまには、こういうところでのんびりしておいで」
「え…でも…」
「はい、こういうのは遠慮しないで、素直に受けとるの」
躊躇する楓に、それを無理やり押し付けて。
「あ、そうだ、九条くん。君はここの視察へ行ってくれたまえ。そうして、客目線からの問題点の指摘を頼むよ」
言いながら俺に差し出したのは、楓に渡したものと全く同じものだった。
「視察のスケジュールは、二週間後の月曜から木曜です。ヒメさんも、そこにお休み入れときますね」
驚いていると、和哉がタブレットで予定を確認しながら、淡々とそう言って。
俺と楓は、思わず顔を見合わせた。
「…いい、の?」
「いいもなにも、俺は社長命令の仕事だからな。行かないとならないだろ」
「俺も、一緒に行っていいの?」
「仕事、休みなんだろ?家で一人で過ごすか?」
「…意地悪」
そう言いながらも、楓は嬉しそうに笑って。
「お言葉に甘えて、のんびりさせてもらいます。ありがとうございます、菊池社長」
社長に向かって、頭を下げる。
京都、か…
その嬉しそうな横顔を眺めながら。
楓に気付かれないように、こっそりと息を吐いた。
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