350 / 566
大水薙鳥(オオミズナギドリ)1 side蓮
「すごい…新幹線って、こんなに早かったっけ?」
京都駅で新幹線を降りると、楓は目をキラキラと輝かせて、俺を見上げた。
「こんなもんだろ?」
「そっかぁ…乗ったの、中等部の時以来だったからさぁ…びっくりしちゃった」
「…そっか」
「富士山も、あんな近くではっきり見たの、初めて。前の時は、雲がかかってて見えなかったから…なんか、感動しちゃった。日本一の山って、ホントだったんだねぇ」
キャリーバッグをコロコロと引きながら、スキップでもしそうな軽い足取りで歩く楓は、とんでもなく可愛くて。
ついつい、頬が緩んでしまう。
「…子どもみたいだって、呆れてるでしょ」
俺の表情を見て頬を膨らましても、可愛いだけなんだけど。
折角の旅行、楓の機嫌を損ねたら勿体ないから、俺は緩んだ頬を引き締めた。
「そんなことないよ。それより、どこ行きたいか、決まった?」
然り気無く話題を逸らしながら、楓のキャリーバッグを取り上げると。
一瞬だけ、申し訳なさそうに眉を下げたけど。
すぐに小さなデイバッグから携帯を取り出し、新幹線の中で真剣な顔で眺めてた京都観光案内のサイトを開く。
「えっとね…清水寺と金閣寺は、やっぱもう一回行ってみたいでしょ?あとは伏見稲荷と…晴明神社って気になってたんだよね…あ、あと本能寺も!」
「本能寺って…織田信長、好きだっけ?」
「んー、わりと?」
「だったら、建勲神社にも行ってみるか。信長が祀られてる神社だよ」
「ホント?行きたい!あ、じゃあ壬生寺も行ける?」
「…新撰組も好きなのか?歴史、そんな興味あったっけ?」
「あー…」
不意に、気まずそうに目を泳がすから。
その先を視線だけで促すと。
「昔の、知り合いに、歴史好きな人がいてさ。いろいろ教えてもらって…面白かったから、一時期歴史の本とか読んでたんだよね」
そう言って、取り繕うような笑いを浮かべた。
「そうか」
その態度から、知り合いってのは那智さんの店の客だってことは容易に想像がついて。
一瞬だけもやっとしたものが込み上げたけど。
その頃のことを、ちゃんと俺に話してくれたことのほうが、今は大切な気がして。
俺は気にしてないよと伝えるために、笑顔でそっと頭を撫でる。
「わかった。楓の行きたいとこ、全部行こうな」
「いいの?蓮くんは、行きたいとこないの?」
「俺は、幼い頃から何度も来てるから」
「え?そうなの?いつの間に?」
「うん、まぁ…」
「そっか。じゃあ、俺の行きたいとこに連れてってね」
微妙に言葉を濁したことは気にならなかったらしく、弾んだ声でそう言って、楓はまた携帯に視線を落とした。
どうしようか…
前に来たときは修学旅行で皆がいたから
そんなことも考えなかったけど
せっかく京都に来たんだから
あの場所へ連れていった方がいいのか
それとも、このままなにも知らせない方がいいのか
今の楓にとって
どうするのが一番いいんだろうか…?
「ん?どうしたの?」
その楽しそうな横顔を見つめながら、ここ数日思案していたことをまた考えていると、不意に顔を上げた楓が不思議そうに首をかしげる。
「…いや、なんでもないよ」
「そう?やっぱり蓮くんも行きたいとこ、あるんじゃないの?」
「いや、大丈夫。とりあえず今日は、荷物をコインロッカーに預けて、伏見稲荷に電車で行こうか。宿は嵐山だから、遠いところは今日のうちに済ましちゃおう」
「はーい」
まぁ…
あそこに行くのは楓の様子を見て、かな…
とりあえずの結論を先延ばしにして。
素直に返事をした楓を連れて、コインロッカーを探し、荷物を預け。
鍵をかけて振り向くと。
「ねぇ、君、ひとり?」
少し離れたところで、まだ携帯を見ていた楓を囲むように、二人の男が立っていた。
うわっ!
もう来た!
「どこから来たの?よかったら、案内しようか?」
「いや、結構です」
「そんなこと言わずにさぁ…」
駆け出して。
楓へと伸びる穢らわしい手を、触れる寸前で掴む。
「人の番に、気安く声かけんな」
掴んだ手首を思いきり捻りあげながら、睨むと。
「す、すんませんっ!」
男たちは飛び上がって、振り返りもせずに一目散に逃げていった。
「ったく…」
油断も隙もねぇなっ!
「…ごめん」
小さくなっていく男たちの後ろ姿をずっと睨んでいると、楓の小さな声が聞こえて。
振り向くと、しゅんとした様子で俺のダウンジャケットの裾を遠慮がちに握るから。
「謝ることないけど…」
俺はその手を捕まえて、指を絡める。
「今日は、ずっと手を繋いでいようか」
指先に、きゅっと力を籠めると。
「うん」
楓は嬉しそうに笑って、同じように指先に力を入れた。
ともだちにシェアしよう!