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大水薙鳥(オオミズナギドリ)3 side蓮
楓のペースに合わせて、のんびりと山に登って。
下りてきて軽く食事を取ると、もう宿のチェックインの時間が近づいていた。
「そろそろ、宿に行こうか」
「え、もう?まだ行くところがあったんじゃないの?」
こんなに遠くまで来たのは中等部の修学旅行以来だという楓は、名残惜しそうに顔を曇らせたけど。
「まぁ…でも一応、俺は視察ってことで来てるからさ。宿の評価とか、しなきゃならないから、今日は早めに入ろうと思って。観光なら、明日も出来るし」
「あ、そっか。蓮くんは遊びじゃないんだもんね。ごめん」
尤もらしい理由を並べると、申し訳なさそうに謝るから。
良心がちくっと痛む。
建前上、視察ってことにはしてあるけど
実質は俺も休みみたいなもんで
実はそんなに急いで行く必要もない
必要はないんだけど…
今日の楓が可愛すぎて
さっきから早く抱き締めてむちゃくちゃにその甘い唇にキスしたくて仕方がない
でも、さすがにこんな公共の場では出来ないし
それに、朝の男たちみたいな図々しいのはいないけど
不躾な視線はバンバン飛んでくるから
これ以上、楓をそんな視線に晒したくない
ほら、また…
「蓮くん…?」
電車を待つためにホームに立っていると、向かい側のホームから、明らかにαだと思われる男が、楓を見つめてるのに気が付いて。
辺りを見渡してみれば、此処彼処にも同じ視線が溢れてる。
最近、髪が伸びてきて、噛み痕が見えづらくなってるからな…
帰ったら、後ろ髪を切らせにいくか
そんなことを思いつつ、楓の腰に手を回して。
舐めるような視線を投げてくる男たちを牽制するように、自分の方に引き寄せた。
「え?どうしたの?」
あからさまな強い視線に全く気付いてない楓は、不思議そうに俺を見上げてくる。
俺はそれには答えずに、片手で楓の前髪を掻き上げて。
白く形のいい額に、ゆっくりとキスをした。
周りに見せつけるために。
「ちょ…こんなとこでっ…」
焦って離れようとするのを、更に力を籠めて抱き寄せる。
「駄目。離さない」
「もう、蓮くんっ…」
楓は一瞬頬を膨らませたけど、俺の力に抵抗が無駄だと悟ったのか。
すぐに身体の力を抜いて、寄り掛かってきた。
瞬間、ふわりと梔子の香りが立ち上る。
…あ、駄目だ
「…電車は、なし。やっぱタクシーで行こう」
俺はくるりと踵を返すと、楓を引きずるようにして改札へ足を向けた。
「ええっ!?なんで?」
「おまえ、なんかフェロモン出てるし。電車なんか、おちおち乗ってられん」
「え?ホント!?…って、別に蓮くんにしかわかんないんだから、いいじゃん!京都駅まで、電車の方が早いって…」
「駄目。ちんこ勃っちゃったから」
最後の言葉は、耳元で小声で囁くと。
楓はピタッと足を止め、恐る恐る俺の下半身を見て、一瞬で耳まで真っ赤になる。
「ばっ…バカじゃないの!?」
「しょうがねぇだろ。フェロモン撒き散らした、楓のせい」
「はぁ!?責任転嫁!?蓮くんがスケベなだけだろ!」
「それは否定しないけど、今回のは完全に楓のせいだ」
「信じらんない!スケベ!エロおやじ!」
珍しい楓の罵倒を浴びながらも、さっき通ったばかりの改札を抜けて。
すぐそばに止まっていたタクシーに、楓と共に乗り込んだ。
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