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大水薙鳥(オオミズナギドリ)4 side蓮
「なぁ、一回でいいから」
「ダメ。一回でもしたら、蓮くん歯止め利かなくなるじゃん」
「んなことないよ。ちゃんとキスだけで止める」
「ウソ。絶対無理。もうっ…宿まで我慢してよ。着いたら、好きにしていいから」
「…言ったな?本当に、好きにしていいんだな?」
一度京都駅に戻り、荷物を取り出して。
宿のある嵐山に向かうタクシーの中。
運転手に聞こえないように小声でやりあってた、キスをめぐる攻防の最後の言葉尻を捕らえると。
楓は、しまったって顔で固まった。
「…仕事、あるんじゃないの?」
「そんなの、秒速で終わらせる」
それでも最後の抵抗とばかりに横目でじとっと睨む耳元で、ふっと息を吹き掛けてやると。
ぴくん、と震え。
微かに頬を薄紅色に染めて。
「…もう…」
そっと手を握ってきた。
「…手加減は、してよね。俺、明日宿から出られないとか、絶対やだからね」
「わかってる」
繋がれた手を優しく引くと、ことんと俺の肩に頭を預ける。
しばらく互いの体温を感じながら、流れていく車窓を眺めていると、微かな寝息が聞こえてきた。
そりゃあ、あれだけはしゃいでたら疲れるよな
そもそも、普段からそんなに動き回ったりしないから、人より体力ないし
まぁ、これからもっと疲れさせるだろうから、少しでも寝かせておくか
柔らかな髪に、キスをして。
微かに香る優しいフェロモンに包まれながら、俺も目を閉じた。
菊池社長が用意してくれたのは、渡月橋から少し大堰川を上流に上った、人気の殆どない閑静な高級旅館。
部屋数も20と然程多くはない、隠れ家的風情が売りの宿だ。
その中でも最高ランクの離れの部屋を、用意してくれていたようで…。
「うわぁ…すごい…」
部屋に案内された途端、楓の口から出たのは感嘆の言葉だった。
10畳ほどの広い畳敷きの部屋は、大きめのガラス窓で太陽の光を目一杯取り込み。
窓の向こうに広がる枯山水の庭の端には、専用の露天風呂。
更にその向こうには、大堰川の静かな流れがある。
畳の部屋から続くもうひとつの部屋には、和風な装飾の中にキングサイズのベッドが置いてあり。
内風呂にも、掛け流しの温泉が溢れていた。
「お食事は、何時頃お持ち致しますか?」
サービスで抹茶を立ててくれていた仲居さんが、訊ねる。
「19時頃でもいいですか?」
軽くとはいえ、昼食を取ったのが遅めの時間だったことを考えて、そう答えた。
「畏まりました。それでは、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
優しげな微笑みを残して、彼女が部屋を去ると。
窓にかじりつくようにして外を眺めていた楓の肩を、そっと抱き寄せる。
「気に入った?」
「うん。お部屋も豪華だし、景色も綺麗だし…素敵な旅館だね」
「そうだな」
「コンチネンタルメープルホテル東京の総支配人としての、評価はどうですか?」
揶揄うように、上目遣いで見上げてくるから。
「そうだな…今のところは、合格点かな。俺の大切な番が、すごく喜んでるからね」
微笑みの形を描く唇に、そっと唇を重ねた。
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