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大水薙鳥(オオミズナギドリ)9 side龍
「…以上が、大阪支社からの報告になります」
「わかった」
「明後日は10時の飛行機ですので、7:30にお迎えにあがります」
「ああ…ありがとう」
そう答えると。
シフトレバーをパーキングに入れた佐久間が、ばっと勢いよく振り向いた。
「な、なんだ?」
恐ろしいものでも見たように大きく見開かれた瞳に、こっちが驚いていると。
「…いえ。龍さんにお礼を言われたのは初めてなので…驚きました。熱でもあるんですか?」
そんな、失礼な発言が飛び出す。
「…俺だって、それくらいは言える」
「そうですか。知りませんでした」
ますます失礼な発言に、少しムッとして。
俺は無言で、後部座席のドアを開けた。
「お疲れさまでした」
追いかけてきた、珍しく柔らかな声音に会釈だけを返して。
家に入る。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
声をかけて、靴を脱いでいると。
奥のリビングから、小夜さんだけが出てきた。
「志摩は?」
「もう、二階に上がられました」
「…そうか」
腕時計を確認すると、まだ20時を少し過ぎたところ。
「すぐに夕食になさいますか?」
「…ああ、うん」
「用意いたしますね」
キッチンへと戻っていく小さな背中を見ながら、息を大きく吐き出して、二階の部屋へ向かう。
ドアを開くと、志摩の姿はなくて。
寝室を覗けば、ベッドの上にはこんもりと布団の山。
足音を立てないように傍に寄り、そっと覗き込むと、志摩は少し苦しそうに眉を寄せて眠っていた。
なんだ…
あの太陽みたいな眩しい笑顔で、おかえりなさいって出迎えて欲しかったのに…
「ただいま、志摩」
ほんの少しの寂しさを感じつつ、起こさないように最近少し細くなった頬に触れるだけのキスをして。
柔らかなくせ毛の髪を、そっと撫でる。
「…ん…りゅ…さ…」
小さく呟いた言葉は、俺の名前に聞こえて。
寄せられた眉が緩み、穏やかな寝顔になったことに、小さな喜びが浮かんできた。
俺の夢でも見てるのか…?
夢の中で、俺はおまえを笑顔に出来てるか…?
もう一度、髪を撫でてやると。
「…っ…」
なぜか、またぎゅっと眉を寄せて。
「…しゅ…さ…」
誰かを、呼んだ。
思わず、手を止めた。
…今のは…?
「…っ…しゅう…さ…」
息を詰めて見つめている俺の前で、今度ははっきりと、俺じゃない名前を呟く。
「しゅ…さ…しゅう、さんっ…」
何度も何度も繰り返される名前は、悲しみと寂しさを滲ませているようで。
突然、足元がグラグラと揺れた。
「…どこ…しゅうさん…あいたい…」
閉じられた瞳から、透き通った涙が一粒、溢れ落ちて。
真っ白なシーツに溶けて消えるのを、突然真っ暗な谷底へと突き落とされるような思いで見ていた。
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