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大水薙鳥(オオミズナギドリ)12 side龍

「私は、ずっと蓮さんと龍さんを我が子だと思ってお育てしてきました。だから、お二人がなにを思い、なにを感じているのか、誰よりもわかっているつもりでした。なのに…あの時、私はあなたの苦しみに気が付くことが出来なかった…龍さんのなかで、どれだけ楓さんが大切な存在なのか、知っていたのに」 「…小夜、さ…」 「あの時…逃げるようにこの家を出て、田舎に帰って。時間が経って冷静になって…この胸を占めたのは、後悔でした。私があの時、もっと強く止めてたら…この身を投げうってでも、楓さんを守ってたら…楓さんを失うことも、龍さんを苦しめることもなかったかもしれない…私にもっと勇気があったなら、こんな結末は迎えずにすんだのかもしれない。ずっと、弱かった自分を責め続けながら生きてきました。そんな時、旦那様から志摩さんの話を伺って、もう一度戻ってきて欲しいと頼まれたとき…贖罪の時が来たんだと、そう思ったんです」 『贖罪』 ぽろぽろと涙を流しながらも、俺をしっかりと見据える小夜さんから溢れた言葉に、胸をぎゅっと鷲掴みにされたような痛みが走る。 「あの時失った命は、もう二度と戻ってきません。楓さんも、楓さんの中に宿った小さな命も…。それは、私がこれからもずっと抱えていかなければならない、決して消えない罪です。それでも、龍さんと生まれてくる龍さんのお子さんをお守りすることを、こんな私に許されるのなら…今度こそ、私の全てをかけてでも…」 「なにを、言ってるんですか」 思わず吐き出した言葉は、自分でもわかるほど震えていた。 「贖罪?あなたが、なにを?あれは、俺が勝手にやったことだ!あんたには、なんの罪もない!」 「…龍さん…」 「あれは、俺だけの罪なんだ!俺がっ…俺の弱さのせいで、楓をっ…」 その瞬間。 よく知る温かい手が、俺をぎゅっと抱き締めた。 「っ…」 「いいえ。私たち二人の罪。だから、一人で抱え込まないで。私も、一緒に背負いますから」 耳元で囁く声は、慈愛に満ちた聖母のそれのようで。 「遅くなって、ごめんなさい」 背中を擦ってくれる手は、幼い頃となんの変わりもない優しさで。 ずっと纏っていた虚勢という鎧が 剥がれ落ちていく 「泣いて、いいんですよ。私しか、見てませんから」 いつも俺を優しく包み込んでくれた小さな腕の中で。 溢れだした感情に流されるまま、俺は子どものように声を上げて泣いた。 涙を流したのは 楓を失ってから初めてだった 「…すみません…」 散々泣いて。 子どもみたいに、小夜さんにタオルで顔を拭いてもらうと、途轍もない羞恥心が沸き上がってきた。 「…志摩さんを、大切にしてあげてください」 小夜さんは、俺の謝罪には答えずに。 ただ優しく微笑んで、そう言った。 「志摩さん、今とてもナーバスになっています。きっと、出産が近くなって不安の方が大きくなってるんでしょう。ここのところずっと、ご飯も残されてて…。このままじゃ、お腹の赤ちゃんにも影響が出てしまうかもしれません」 「えっ…」 「だから、今は志摩さんのことだけを考えてあげてください。志摩さんの不安を取り除けるのは、龍さんしかいないんです。志摩さんは、心から龍さんのことを愛してらっしゃいますから」 「…小夜さん…」 「今度こそ二人で、宿った命を守りましょう」 強い意思を宿した眼差しに。 俺は小さく頷いた。

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