362 / 566
大水薙鳥(オオミズナギドリ)13 side龍
翌朝の目覚めは、もう何年もなかったほど、スッキリと晴れやかだった。
まるで憑き物が落ちたみたいに。
見慣れたはずのベッドルームの景色も、どこか輝いて見え。
傍らで眠る志摩は、美しい朝の白い光に彩られ、いつもの何倍も可愛らしく、愛おしく思えて。
たった一晩で
世界が変わったのかと思えるほどに
俺の世界は色を変えた
穏やかな顔で眠る志摩の目蓋に、そっと口づけを落とすと。
ふるりと震え、ゆっくりと目蓋が持ち上がる。
「…りゅ…さ…?」
緩かった焦点が、少しずつ俺に合わさっていき。
はっきりと俺を捉えた瞬間。
俺を癒してくれる初夏の太陽のような眩しい笑顔が浮かぶのを。
子どものようにわくわくした気持ちで見ていた。
「おはよう、志摩」
「おはようございます、龍さん」
「昨日は、すみません。僕、早く寝ちゃって…お出迎えも、出来なくて…」
小夜さんに無理言って二階に運んでもらった朝食を、二人だけでゆっくり食べていると。
不意に志摩は申し訳なさそうに眉を下げ、謝った。
「出迎えなんて、そんなのはいいんだ」
「でも…いつもお仕事お忙しい龍さんに僕が出来ることなんて、それくらいしかないのに…」
謝る必要はないと伝えても、ますます肩を小さくして、そう呟く。
「そんなこと、気にしなくていい。具合が悪かったんだろう?小夜さんに聞いたぞ?最近、夕飯も半分ほど残してしまうって」
「あ、いえ、それは…」
「今が一番大切な時なんだ。なにより、自分の身体を大切にしてくれ。この子に会うのを、俺は本当に楽しみにしているんだから」
席を立って、向かい側に座る志摩の横へと回り込み。
傍に跪いて、ぽっこりと膨らんだお腹に手を当てると。
志摩は驚いたように目を真ん丸にして、それから本当に嬉しそうにふわりと笑った。
「はい」
その瞬間。
お腹に当てた手に、ぽこんと小さな振動が当たった。
「あっ…!」
思わず志摩の顔を仰ぎ見ると、聖母のような優しい顔で頷く。
それは初めて感じた、我が子の命の伊吹だった。
「すごい…こんなにはっきりと動くのか…」
「はい。最近、すごく元気なんです。時々、痛いくらい」
「えっ、そんなに?」
「小夜さんが、龍さんもお母さんのお腹にいる時に、すっごく元気でお腹を蹴りまくってたって言ってたから、きっとこの子も龍さんに似てるんでしょうね」
そう言った志摩は、ひどく幸せそうに見えて。
その柔らかな表情を見ているだけで、心の中が温かくて穏やかなもので満たされていく。
「それは…嫌だな」
「ええっ!?」
「俺は、志摩に似た可愛くて素直な子が出てきて欲しいと思ってるんだけど」
「えー…僕みたいな、どんくさくて要領の悪い子がいいんですか?」
「どんくさいなんて、そんなことないだろ」
「ありますよ!僕、運動会の徒競走、ずっとビリだったんですから!」
「それはそれで、可愛い」
「か、可愛くないです!」
俺の言葉に、恥ずかしそうにほんのりと頬を染めた志摩は、やはりすごく可愛らしくて。
「…いや、どっちに似ててもいい。元気な子が無事に生まれてきてくれれば」
そっと胸に抱き寄せると、嬉しそうに微笑みながら俺の胸に身体を預けてくれて。
この愛おしい存在を、心から大切にしたいと
強く思った
ともだちにシェアしよう!