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大水薙鳥(オオミズナギドリ)14 side龍

「志摩、今日体調大丈夫なら、少し出掛けようかと思ってたんだけど…ダメそうか?」 朝食が終わり、気怠げにソファに横になった志摩に声をかけると。 ガバッと起き上がり、目を真ん丸にして俺を見た。 「こら。そんなに勢いよく起き上がって、お腹の子どもになにかあったら…」 「大丈夫ですっ!元気ですっ!」 俺の言葉を遮るように、叫んで。 ばあっと表情を綻ばせる。 その屈託のない笑顔に、俺も自然に頬が緩んだ。 「そうか。じゃあ、今日は志摩の行きたいところに行こう。どこがいい?」 「ええっ!?そんなのっ…龍さん、せっかくの久しぶりのお休みなんだから、僕のことは気にせず、龍さんの行きたいとこに行ってください!」 「今日は、志摩の行きたいところに行きたい気分なんだ」 そう言うと、また目を真ん丸にする。 「…いいん、ですか…?」 「ああ」 二人で出掛けたことは何度かあったが、いつも俺に付き合わせてばかりで、志摩が行きたい場所なんて一度も聞いたことはなかった。 いつも俺に従い、嫌な顔ひとつせずに俺に付いてきてくれて。 そんなことにすら、今までの俺は気が付いていなかった。 大切にすると決めたんだ これからは志摩がもっと笑顔になれるように 俺がやれることはなんでもやってあげたい 「…じゃあ…」 「うん」 「…スカイツリーに…登ってみたい、です…」 「登ったこと、ないのか?」 「はい…」 恥ずかしそうにもじもじと話す志摩が、ひどく愛おしい。 「わかった。じゃあ、そこへ行こうか」 手を差しだすと、嬉しそうに手を重ねてくれて。 そんな些細なことに、小さな喜びが浮かんだ。 「わぁっ…たかーいっ!」 眼下に広がる東京の街並みに目をキラキラと輝かせながら、身を乗り出して景色を眺めている横顔を見つめていると、心の中が甘いなにかで覆われた。 「すごーい!東京タワーも、あんなにちっちゃく見える!」 「東京タワーは、登ったことがあるのか?」 「はいっ!まだお父さんが生きてた頃、家族みんなで…」 楽しそうな声が、突然途切れる。 「…僕、あんまりお父さんのこと覚えてないけど…それだけははっきり覚えてて…すごく、楽しかったんです」 一瞬だけ浮かんだ寂しそうな影は、でもすぐに消え去って。 いつもの、明るい笑顔になった。 「…そうか」 「はい」 そうして、ほんの少しだけ切なそうに目を細めて、西の方へと目を向ける。 そこは 志摩がかつて暮らしていた 母親と新しい家族が今も暮らす場所 「…志摩」 「はい?」 「やっぱり、ちゃんとお母さんに報告に行かないか?いくらもう何年も音信不通とはいえ…結婚と妊娠の報告くらい、した方がいいだろう?」 その肩を抱き寄せ、囁くと。 びくりと肩を強張らせて、目を大きく見開いた。

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