365 / 566
大水薙鳥(オオミズナギドリ)16 side蓮
「うわ…」
下を覗き込んで、楓は顔をおもいっきり引き攣らせた。
「ねぇ…清水の舞台って、こんな高かったっけ…?」
そして、恐ろしいものでも見たような顔で、俺を振り向く。
「うん」
「こんなとこから飛び降りたら、死んじゃうじゃん!清水の舞台から飛び降りるって、そんな覚悟なの!?」
その台詞に。
つい、ぷっと笑いが込み上げた。
「え…なに?」
「いや…おまえ、昔も同じこと言ってたと思ってさ」
「ええっ!?そうだっけ!?」
「うん。中等部の修学旅行んときも、全く同じ顔で同じこと言った」
「…よく覚えてんね」
「楓のことなら、どんな些細なことでも覚えてるよ」
そう言うと、楓はなぜか頬を赤らめて。
「それって、俺が中学生から進歩してないってことじゃん」
拗ねたように、唇を尖らせる。
「そうは言ってないだろ。楓はあの頃からずっと可愛いって言ってんの」
怒ったのかと思って慌てて言い訳すると、ちらっと上目遣いで俺を見た楓は耳まで真っ赤になってて。
あれ…?
なんか、照れてる…?
「も、もうっ!公共の場でそういうこと言わないでっ!」
なぜかプリプリ怒りながら、先へと歩きだした。
また込み上げる笑いを堪えながら、その後を追う。
「あ…ここも、前に行ったよね」
横に並んで歩いていると、楓がおもむろに足を止め。
見上げた先には、地主神社の看板が。
「ああ。行ってみるか」
そっと手を取ると、微笑みながら頷いてくれて。
手を繋ぎ、神社へと続く階段を登った。
先ずは本殿に参拝し、あまり広くはない敷地をのんびりと散策する。
「あ、この石は覚えてる。この石から目を瞑ってあっちの石まで辿り着くと、恋が叶うってやつだよね?」
「そうだな」
「…春くん、三回やっても辿り着かなくて、悔しがってたよね…」
それまで楽しそうだった笑顔が、その瞬間ほんの少しだけ影を落として。
俺は、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
楓も無言のまま、手を握り返してくる。
「きっと、今なら辿り着くだろ」
「…そうだね」
「せっかくだから、お揃いの御守りでも買うか」
「うん」
不自然に会話を逸らすと、楓は微笑んで頷いた。
授与所へ向かうと、たくさんの種類の御守りが並んでいて。
でも。
「あ、これ」
「これがいいな」
俺たちが同時に手を伸ばしたのは、ハートの中に金の鈴と銀の鈴がついた、対になった縁結びの御守り。
思わず顔を見合せ、少しの照れ臭さと共に笑いあう。
「銀が男性用、金が女性用だって」
授与してもらった御守りに書いてある説明を読むと。
「俺も、男だけど?」
楓は不満そうに頬を膨らませた。
「…この場合、楓が金だろ」
「まぁ、そうだよね」
でも、取り出した金の鈴を渡すと、肩を竦めながら受け取って。
いそいそとスマホのケースにそれを付ける。
ケースを振ると、澄んだ鈴の音がチリンと小さく鳴って。
「…綺麗な音…」
その瞬間、楓はとても幸せそうに微笑んだ。
ともだちにシェアしよう!