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大水薙鳥(オオミズナギドリ)22 side楓
閉めきられたままの薄いカーテン越しに差し込む
夕映えのオレンジ色の光の中で
俺は泣いていた
『楓…どうして泣くの…?』
小さな俺の手を取り
心配そうに覗き込んだのは
大好きな大好きなお父さん
ああ…
これは夢だ
遠い遠い
まだなにも知らない
幸せだった頃の夢
『だって…おとうさんみたいに、じょうずにひけないもん…』
僕もお父さんみたいに弾きたいのに…
そうしたら…
『どれ、どこが上手く弾けないの?』
『…ここ…』
『ああ…ここは、先に親指をこっちに持ってくるんだよ。そうしたら、ほら…』
『あっ!できた!』
『そう。楓は、上手だね』
ほら
お父さんが笑ってくれる
大好きな笑顔で
『じゃあ、ここまで弾いてみようか。お父さんも、一緒に弾いてあげる』
『ほんとっ!?』
だから、がんばるから
いつかお父さんみたいに弾けるように
いっぱいいっぱいがんばるから
だからね…
ずっとずっと一緒にいてね…?
お父さん………
「…えで…楓っ!」
俺を呼ぶ声に、はっと目を開くと。
目尻から、冷たいものが流れ落ちていったのがわかった。
「大丈夫か?」
間近で覗き込んだ蓮くんは、眉を潜めて心配そうな顔をしてて。
俺は、ぎゅっと蓮くんに抱きつく。
剥き出しの肌がピタリとくっついて、蓮くんの体温を感じると、すごく安心した。
「怖い夢、見たのか?」
背中を擦りながら、蓮くんが優しい声で囁く。
怖い…?
違う
ただ
切なかっただけ……
「…昔の、夢…みた…」
「え?」
「あの…ボロいアパートで…お父さんと二人でピアノを弾いてる、夢…」
そう呟くと。
蓮くんはなにも言わずに、ぎゅっと俺を抱き締めた。
「…お父さんの夢…久しぶりにみた…」
昔はよくみていた気がする
特に
あの店に勤めながらひとりで暮らしていた頃
虚しくて
なんのために生きてるんだろうってわからなくて
俺なんかが生きてても意味なんかないんじゃないかって
死んだほうが楽になれるんじゃないかって
そう思いながらも
どうしても
生きて、もう一度だけ蓮くんに会いたいって希望を捨てられなくて
悲しくて
寂しくて
孤独に擦り切れそうな心を抱えながら眠りについた夜は
必ずお父さんが夢に出てきてくれた
俺を励ますように
「そうか…」
「…蓮くんと番になって、毎日がとっても幸せで…最近は、お父さんのことを思い出すことも殆どなかった…だから、かな?俺のこと忘れるなって、怒ってるのかな?」
涙の跡を拭い、顔をあげて微笑むと。
蓮くんはちょっと困ったように眉を下げて、俺のおでこにキスをする。
「…会いたいのかもな」
「え?」
「叔父さんが、楓を呼んでるのかも」
「呼んでる、って…?」
「…楓、今日の午前中、ちょっと俺の行きたいところに付き合ってくれないか?」
「う、うん。いいけど…」
唐突に、そう言った蓮くんに。
俺は首を捻りながらも、頷いた。
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