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大水薙鳥(オオミズナギドリ)24 side楓
「大丈夫か?」
その後、本家のお墓にお参りし、蓮くんのお母さんにも挨拶して。
お寺の近くにあった、レトロな感じの雰囲気のいい喫茶店で一息吐いたところで、蓮くんがそう聞いてきた。
「ん?なにが?」
なにが大丈夫なんだろうかと首を傾げると、蓮くんは少し安心したような顔で、なんでもないって首を振る。
その時、大事なことを忘れたことに気が付いた。
「…あ!」
「え!?」
「しまった…お父さんに、俺は今、幸せだよって報告するの忘れた…」
ちゃんと、言っておきたかったのに…
「…大丈夫だよ。楓の顔見たら、ちゃんとわかったと思うよ」
「そう、かな?」
「うん」
蓮くんは優しく微笑んで、テーブルの上に投げ出した俺の手をぎゅっと握ってくれる。
俺は、その手を握り返しながら。
「ねぇ…」
気になっていたことを、切り出した。
「あのお花…誰が供えてくれたんだろう…?」
小さなお墓に供えられた、小さな野菊。
本家の大きなお墓には、お花なんて供えられていなかったのに、その野菊はまるで今朝供えられたように生き生きとしていて。
でも、こんなところにお父さんの知り合いがいるとは思えないけど…
「…親父だと思う。たぶん…」
俺の問いかけに、蓮くんはどこか気まずそうに視線を揺らしながら、答える。
「え…でも、九条のお父さんは東京じゃ…?」
「俺、このお墓には何度も親父に連れてきてもらっててさ…その帰りにあの人、必ず住職さんのところに寄って、くれぐれもよろしくお願いしますって頭を下げてた。その時は管理のことなんだろうってくらいにしか思ってなかったけど…たぶん、叔父さんのために毎日花を供えてもらうように頼んでたんじゃないかって」
「どうして…?」
本家の、蓮くんのお母さんが眠るお墓にはなにもしないのに
お父さんのお墓だけって…
それは…
「…親父の中ではきっと…今でも、叔父さんが一番大切な存在なんじゃないかな」
頭に浮かんだ考えを、蓮くんが言葉にした。
「…でも…」
「ずっと…わからなかったんだ」
「なにが?」
「親父が、叔父さんのことをどう思っていたのか」
その台詞に思わず息を飲むと。
蓮くんは向かい側に座っていた俺を手招きして、横に座らせる。
「でも、なんとなくわかった気がする。…楓と再会して、番になってから」
「え…?」
「俺の母と父は、αの血統を維持するための、家同士が決めた政略結婚だった。二人の間に愛がなかったとは思わないけど…それはどちらかといえば、尊敬とか敬意とか、そういう感情だった気がする。もちろん、今になって思い返せば、だけど」
大きな手が、いつものように俺の頭を撫でる。
その温かさに、ざわめいていた心がゆっくりと凪いでいく。
「俺は、楓のことがなにより大切だし、誰よりも愛してる。俺たちが本当の兄弟だってわかっても、その気持ちは揺るがなかったし、むしろ、俺は楓を愛するためだけに楓の一番近くに生まれてきたんだってさえ、思う。…きっと、親父も似たような気持ちだったんじゃないのかなって、そんな気がするんだ」
蓮くんはそう言って、なにかを思い出すように視線を遠くに向けた。
「親父と叔父さんが、どうして番わなかったのか、俺にはわからないけど…きっと、親父は叔父さんのことを今でも愛してると思うよ」
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