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夜鷹(よたか)3 side志摩

「…すまない…」 「いえ…」 上質なスーツの袖で、乱暴に涙を拭うと。 お義父さんはまた心を落ち着けるように、冷めきったコーヒーを口に運んだ。 「…引き取ってすぐに行った性別検査で、楓はΩであることがわかった。私は、製薬会社を経営している友人に頼み込んで最新鋭の抑制剤を譲り受け、楓をβとして育てることに決めた。一族の中には、まだΩを毛嫌いしている者も多く、楓にどんな危害を加えるかわからなかったからね。それに…蓮も龍もαだったから…いや、ここまで話して誤魔化しても仕方ないな。親戚のことなんか建前で、本当は恐ろしかったんだ。蓮か龍が、私と同じ轍を踏んでしまうことが。私と同じように、実の兄弟である楓を愛してしまうことが…」 お義父さんはぎゅっと眉を真ん中に寄せていて。 そこに、長い間抱え込んでいる苦悩が浮かんでるように見えた。 「本当なら、楓を別の場所で育てるべきなのはわかっていた。蓮と龍は九条の跡取りとして手元から離すわけにはいかなかったから、リスクを減らすにはそうするのがベストだと。だが、出来なかった。大きくなるにつれ、益々諒に似てくる楓を、手離すことなんて出来なかった。楓が笑っていると、まるで諒が私に笑ってくれているかのようで…無意識に諒の面影を楓に重ねてしまっていたんだ。その私欲にまみれた愚かな選択が…最も恐れていた事態を招いてしまった…」 それは 蓮さんと楓さんが愛し合ってしまったこと 「油断していた。諒が初めてヒートを起こした年齢を過ぎても、楓にその兆候はなかったから、私は抑制剤が効いているものだと思い込んでしまっていて…気づいた時にはもう、蓮も龍も、楓を…」 濁した言葉の続きは、聞かなくても想像するのは簡単で。 なんとなく感じていたはずのその事実は、僕の心にずっしりと重くのしかかった。 やっぱり、龍さんも楓さんを…… 「可能性としてあるかもしれないと思っていた事実を目の前にして、私は思った以上に打ちのめされたよ。私たちの因果が、子どもたちを狂わせてしまったのかと…。それでも、蓮だけならば、許してやることも考えたかもしれない。だが、二人ともが楓を愛してしまった。どちらかが楓と番うことを選べば、どちらかが苦しむことになる。兄弟で憎み合うことになる。私は、彼らの父親としてそれを選択することは出来なかった。だから、しばらくの間、蓮と楓をこの家から離そうとした。外の世界で他のαやΩと出会えば、気持ちも変わるかもしれないと。だが…蓮の告げた言葉が、私を、そして龍を狂わせてしまった…」 「それ…は…」 「自分達は運命の番だ、と」 その瞬間、あの写真の楽しそうに笑う3人の姿が、頭のなかに浮かび上がる。 きっとすごく仲の良い兄弟だったんだろう それなのに、自分以外の二人が運命の番だとわかって… 龍さん、きっとすごく寂しくて すごく悲しかったんじゃないかな… その時の龍さんのショックを思うと、胸が苦しくなった。 「たとえ実の兄弟であったとしても、決して楓を離さないと…私を真っ直ぐに見据えた、その眼差しの強さに…私は、瞬間的に親として抱いてはいけない感情を、蓮に感じてしまった」 「それ、は…?」 「…嫉妬だよ」 「嫉妬…?」 「そう。私は、蓮に同じ男としての嫉妬を感じたんだ」 「…そんなこと…」 「私は諒を愛しながらも、全てを諒のために捨てることは出来なかった。自らの抱えるものの多さに、足踏みをしてしまった。だが、蓮は違った。あの時の蓮の瞳には、楓の為ならば全てを捨ててもかまわないという、決して揺るがない強い意志があった。その眼差しに、私は嫉妬した。運命の番とは、これほどまでに強い絆なのかと。そして、同時に自分の運命を呪ったんだ。どうして、私と諒は運命ではなかったのに、私たちの子どもであるこの子たちが運命なのかと。私たちは引き裂かれ、永遠に番うことが出来ないのに、なぜ私がこの子たちが番うことを許さなければならないのかと」 「そんなっ…!」 「最低の男だろう?私は。私利私欲にまみれた、愚かでちっぽけな男なんだ」 叫びだしそうになった僕は、でもとても静かな声に、ぐっと言葉を堪えた。 お義父さんは 蓮さんと楓さんを引き離してしまったことを すごくすごく後悔してる そして たぶんもう自分で自分に罰を下している 穏やかな表情に、それを感じ取ってしまったから。 「愚かで弱い私は…龍の気持ちにも気付いてやれていなかった。あの子が抱えていたコンプレックスにも、苦しみにも…。私は蓮と楓のことで頭がいっぱいで…まさか、龍が追い詰められてあんな惨いことをするなんて微塵も思っていなかった…」 「…それ、は…」 どくん、と。 心臓が嫌な音を立てる。 「私が目を離した隙に…楓のお腹に宿った子を、同意もなしに堕胎させてしまったんだ…」

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