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夜鷹(よたか)7 side蓮
「その頃の楓のことは、知っているか?」
「…那智さんが教えてくれたから、なんとなく…」
毎日、発情誘発剤を投与され
逃げられないように麻薬漬けにされて
数え切れないほどのαに無理やり抱かれていたと…
ずいぶんと時が経った今でも、楓の心を深く蝕んでいる記憶。
楓自身はその頃のことは殆ど覚えていないと那智さんは言っていたが。
今でも、少し不安になることがある時や、気分が落ちてる日は、夜中に魘されることがある。
その姿を目の当たりにするたび、楓の抱える傷の深さを、俺の罪深さを思い知らされる。
「…そうか…」
伊織は小さく呟くと、また苦い顔でビールを飲んだ。
その様子から、もしかして当時の楓の姿をその目で見たのかもしれないと、そう感じた。
「…見つかったはいいが、救い出すのは簡単じゃなかった。警察に相談したが、なぜか動いてくれなくてね。恐らく、上層部の誰かがその店の常連だったか、そんなところだろうが…その短期間で、日本の闇を嫌と言う程見せられたよ。その時の経験が、僕の今の政治家としてのベースになってるんだが…いや、話が逸れたな。すまない。警察も当てに出来ず、まだ政治家の秘書という肩書きしかない僕には、打つ手がなくてね…途方に暮れかけていたとき、剛さんが、楓が捕らわれていた組織のリーダーを躍起になって探している者がいるという情報を持ってきた」
「…それが、那智さんか?」
「そうだ。彼はかつて、関東で最も大きなヤクザのトップの愛人だった。剛さんがどうやって那智くんのことを知ったのかは、僕には知り得ないが…あの人はとんでもなくあちらこちらの世界に顔が利くからな」
「…昔、父に何度も聞かされた。会社を経営する上で尤も重要なことは、人との繋がりだと」
「それは真実だな。僕もあの時、剛さんに利用されていたんじゃないかと思うよ。あれ程の人脈があれば、剛さん一人でも楓の居場所を突き止めていたはずだ。だが、それを僕にさせることによって、未来の政治家との強いパイプを作っておこうと思ったんじゃないかと…まぁ、僕が政治家として使い物になるかはあの時点では未知数だったから、僕の勝手な想像だけどね」
「…いや…たぶん、そうだと思う」
父は何事にも優れた人だが
最も優れていることは、人を見極めること
伊織はまだ政治家としては駆け出しの部類に入るが
既に大臣を2つ経験し
いづれは総理にと望まれている男だ
きっと父はその頃から
伊織との絆を作っておくつもりだったんだろう
「…また、話が逸れたな。とにかく、蛇の道は蛇で、僕たちが下手に動くより、那智くんに任せたほうが楓を助けられる可能性が高いと判断した僕たちは、彼に情報を流した。もちろん、僕や剛さんの存在は伏せてね」
「…つまり、那智さんは親父の駒に使われたってことか」
「そうじゃない。僕たちが、那智くんに助けてもらったんだ。僕たちだけだったら、助け出すのにどれほど時間がかかったか、わからない。楓の身体は既に限界だった。少しの遅れが命取りになるほどに、切羽詰まった状況だったんだ」
厳しい眼差しに、当時の緊迫した空気をひしひしと感じて。
俺は、ひどい後悔と不甲斐なさに胸が押し潰されそうだった。
その頃の俺は
なにも知らずにアメリカで不貞腐れていただけだったから…
「…仕方がないさ。君はまだ、子どもだった。大切な人を守ることがどういうことかもわからない、未熟な子どもだったんだから」
伊織の言葉が、鋭い刃のように突き刺さる。
「君も…そして、龍くんもね」
その声音に、ほんの少しだけ怒りのようなものが混じった気がした。
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