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夜鷹(よたか)9 side蓮
「…はぁ…」
和哉のマンションに向かうタクシーのなかで、俺は深い溜め息を吐き出した。
なんとなく、楓のことをお父さんは知っていたんじゃないか、とは思っていたが
まさか、お父さんが助けてくれていたとは思ってもみなかった
なのに、俺はそんなことも知らず、いじけて不貞腐れていただけで…
「…バカだな、俺は…」
楓の心には未だ大きな傷痕が残っているが
それでもお父さんが必死に救いだしてくれたおかげで
今も楓は生きている
もしもお父さんが動いてくれていなかったら
きっと楓はとっくにこの世を去っていただろう
「…全ては、力…か…」
昔、お父さんの仕事を手伝い始めたときに言われたこと
守るべきもののために
力を持てと
その時の俺はまだその言葉の真意さえ理解できず
お父さんが俺たち兄弟のことよりも仕事を優先してきたのは
結局は仕事が一番面白いんだろうと
そんなふうに思っただけだったが…
今ならわかる
お父さんは諒叔父さんを助けられなかったことを悔いて
俺に自分と同じ轍を踏むなと
そう言いたかったに違いない
その為に
楓をどんな嵐からも守れる力を身に付けろ、と……
俺は一生楓を守り抜く
そう心に硬く誓ったけれど
気持ちだけではなにも出来はしない
俺の手には今
なんの力がある…?
もしも今
楓の身に不測の事態が起こったとしたら
あの時の父のように楓を救うことが出来るだろうか…?
「…はぁ…」
「お客さん、ここでいいですか?」
なにも持っていない自分の掌を見つめながら、もう一度溜め息を吐いたところで、車が止まって。
窓の外を見れば、和哉のマンションのエントランスが見えた。
運転手に礼を言って、タクシーを降り、和哉の部屋を呼び出す。
『おかえりなさい。どうぞ』
すぐに応答した和哉の後ろからは、なにやら騒がしい声が聞こえてた。
開いたエントランスを潜り、エレベーターに乗ってる間も溜め息が落ちて。
楓に変に思われてはいけないと、頬を何度か叩いて顔を引き締める。
部屋の前のインターフォンを押すと、タオルを頭から被り、着古して首元の縒 れているスウェットを着た和哉が出迎えてくれた。
長い付き合いだが、和哉がそんなだらしない格好をしてるのは初めて見て。
びっくりして固まると、不思議そうに首をかしげられる。
「…なんですか?」
「…いや、なんでもない」
「ずいぶん遅かったですね。誰となんの話してたんですか?」
「…それは、また今度話すよ。楓は?」
「春とゲームで盛り上がってますよ」
和哉がそう言った瞬間、リビングから春海の絶叫が聞こえてきた。
「あーあ、また春の負けだ」
濡れた頭をガシガシ拭きながら、呆れたように肩を竦めてリビングに戻っていく和哉の後を追う。
「ううう…楓にも負けるなんて…」
「春くんが弱すぎるんだよ~」
リビングに入ると、ガックリと項垂れる春海とそれを慰める楓の姿が目に飛び込んできて。
「…あ、蓮くんおかえり」
でも、すぐに俺の気配に気付いて振り向いた楓の嬉しそうな笑顔に、思わずほっと息を吐いた。
「ただいま。遅くなってごめん」
俺も笑顔で答えると、楓は持っていたゲームのコントローラーを床に置き、おもむろに立ち上がって俺に駆け寄る。
「なんか、あった?」
「え…?」
「誰かに無理難題でも押し付けられた?」
心配そうに眉を寄せ、俺の頬を両手で包み込み。
心を探るように瞳を覗いてくるから。
内心ドキッとしながらも、腹に力を入れて、なんとか微笑みを維持した。
「いや、大丈夫。ちょっと飲み過ぎちゃっただけ」
「…そっか」
楓は俺の言葉にふんわりと微笑むと。
「ねぇ、蓮くんもやろ?」
俺の手を強引に引いて、テレビの前に座らせ。
さっきまで持っていたコントローラーを持たせる。
「え?いや、俺は…」
「よし!蓮には、絶対負けない!おまえ、プレステなんか触ったこともないだろ」
断ろうとすると、不貞腐れたように床に突っ伏していた春海が勢いよく起き上がって。
俺を見て、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「…俺が、おまえに負けるわけないだろ」
そのいやらしい笑顔に、カチンときた。
「やったことないのに?」
「なくても、おまえには負けない」
「くっそ!腹立つなぁ~!αだからって、なんでも出来ると思うなよ!」
春海は、宣戦布告のようにビシッと人差し指を俺に突きつける。
「メタメタにやっつける!」
「やれるもんなら、やってみろ」
売り言葉に買い言葉で、俺は初めて触るコントローラーを握り締めた。
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