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夜鷹(よたか)14 side志摩
『君には、本当にすまないことをしたと思っている。君といると、龍は幸せそうで、龍があんな笑顔を見せるのは本当に久しぶりで…このまま幸せになってくれればと…愚かな親心を出したばかりに、君を騙すような形になってしまった』
『悪いのは、全て私だ。恨むなら、私を恨んでくれ』
『あとは、君の思う通りにして欲しい。私たちを許せないと言うのなら、この家を出てもかまわない。その場合の子どもと君の生活は、私が保証しよう。君が一番幸せになれる道を…どうか…』
ずっと。
お義父さんの言葉がぐるぐると頭のなかを回ってる。
そして、部屋を出ていく時の小さくて寂しげな背中も。
いろんな感情が次から次に溢れだして
なにをどうしたらいいのか、わからない
龍さんが楓さんにしたことは
到底許されることじゃない
愛する人との大切な愛の証を身勝手に奪われてしまった楓さんがどんなに悲しんだか
どんなに苦しんだのか
今の僕には痛いほどわかる
柊さんがアフターから帰ってきて
朝焼けの空を見上げながら浮かべていた哀しげな表情…
きっとあの時柊さんは
生まれてくることが出来なかった我が子のことを思い出してたに違いない
そして、無理やり引き離されてしまった最愛の人のことを…
「っ…う…」
かつての柊さんの姿を思い出し。
込み上げる涙を堪えていると、ポコポコとお腹を内側から蹴られた。
痛いくらいの力は、そこに宿る命の重さを僕に伝えているようで。
僕は両手で抱き抱えるように、はち切れんばかりに大きくなったお腹を包み込む。
「…どうしたら…いいの…?」
柊さんのことが大好きな気持ちは
今も少しも変わってない
だから柊さんを苦しめた龍さんは許せない
はずなのに
そう思うには僕はもう
深く深く龍さんを愛し過ぎてしまってる
これから先もずっと側にいたいと
この子と三人で
家族になりたいと強く願ってしまっている
だったら柊さんのことは忘れて
なにも見なかった
なにも聞かなかったことにしたほうがいいんだろうか
それがみんな幸せになる道なんだろうか
「柊さん…僕は、どうしたら…」
その時、遠くで玄関ドアの開く音がした。
人の話し声が聞こえ、続けて階段を上ってくる音が。
溢れそうな涙を慌てて拭い、立ち上がると同時に、部屋の扉が開いて。
「ただいま、志摩」
笑顔で出迎えようと思った
いつも通り
なにもなかったように
でも。
「…おかえり、なさい…」
笑顔は、作れなかった。
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