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夜鷹(よたか)15 side志摩

できない… できないよ… もう なにも知らなかった頃のように 笑えない 「…志摩?どうした?また、具合でも悪いのか!?」 僕の顔を見た龍さんが、両手に持ってた荷物をその場に放り出して、駆け寄ってきた。 「お腹、痛いのか?病院に行くか!?」 壊れ物を抱えるように、そっと僕を抱き締め。 焦りの浮かぶ表情で、僕のお腹を恐る恐る撫でる様子に、ほんの少しだけ暖かいものが心を満たすけれど。 いつものように、その大きくて頼もしい背中に、この腕を伸ばすことが出来ない。 「志摩…?どうしたんだ…?」 間近で僕を覗き込む大好きな顔が、涙で滲んで。 全部、ぼやけていく 信じていたもの 大切だと思っていたもの 全部が 「…志摩…?」 「…どう、して…?」 「え…?」 聞くつもりなんて なかった 「どうして…殺したんですか…赤ちゃん…」 でも とまらなかった 「どうしてっ…楓さんの赤ちゃん、殺したんですかっ…」 だって 忘れられない あの柊さんの姿を 哀しみに覆われた 誰よりも美しくて儚い 天使の姿を 「え…志摩…?なに…?」 「僕っ…楓さんを、知ってます…」 震える声で、そう告げると。 僕を抱き締めていた龍さんが、ビクッと大きく震えた。 「は…?なに…?なにを…言ってるんだ…?」 「命の、恩人なんですっ…家を飛び出して…変な男に捕まって監禁されてて…助けて、くれたんですっ…」 もう、なにがなんだか、自分でもわからない。 ただ、柊さんの優しい微笑みを浮かべた顔だけが、頭のなかをぐるぐるしてる。 「大丈夫だよって、言ってくれて…あのお店で、働かせてくれて…ピアノ、教えてくれて…一人でも、生きていけるように、してくれたんです…」 「志摩…おまえ、なにを言ってるんだ…」 腕を解き、僕を覗き込んだ龍さんの瞳は、怖いものを見たように大きく見開かれていて。 「楓は…死んだんだ…もうとっくの昔に…」 震える唇から零れた言葉が、冷たい刃のように僕に突き刺さった。 「…生きてます」 「…っ…!」 「あの店にいたんです。龍さんが来る、ずっと前に」 「っ…嘘だっ…!」 ガクン、と。 龍さんの身体が床へと崩れ落ちる。 「嘘だ…だって、見つからなかったんだ…どんなに探しても…あんな身体で出ていって…生きてるはずがないんだ…」 「…Ωを無理やり売春させる組織に捕まってたんだって、聞きました。柊…楓さん、ずっと苦しんでた。左手…いっぱい、傷痕があって…ヒートになると、自分で自分を傷付けちゃうんだって…」 震える背中を見下ろしながら、また涙が溢れた。 「…嘘だ…」 「僕、ずっと楓さんを傷付けた人は許せないと思ってました。でも…それが龍さんだったんですか…?どうしてっ…」 胸が痛い こんなこと 知りたくなんてなかった どうして僕は 龍さんと出会ってしまったんだろう 「…志摩…俺は…」 涙で濡れた顔を上げた龍さんが、僕へと手を伸ばす。 咄嗟に、その手を払い除けた。 楓さんを苦しめた手で 触れて欲しくないと思ってしまった 「…っ…ごめんなさいっ…」 「志摩っ!?」 気が付いたら、駆け出していた。 今は いつもは落ち着くはずの 龍さんの香りを感じることすら 辛かった

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