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夜鷹(よたか)19 side蓮
なんて
つい大見得を切っちゃったものの…
「まいったな…」
熱めにしたシャワーを頭から浴びながら、俺は何度目かもわからない溜め息を、また吐いた。
志摩くんのことは
いつかは話さなければと思っていた
和哉の言う通り
見知らぬ第三者から知らされるよりはショックは小さくなるだろう
だけど…
『志摩、っていうの。すごく素直で強いこなんだ』
彼の話をしてくれた時の楓の顔がちらつくたび
決心が揺らいだ
『辛い経験をしたのに、それを全然感じさせなくて。その素直さと明るさで、周りにいる人をみんな笑顔にしてくれる。俺も、何度志摩の笑顔に助けられたか、わからない。彼と一緒に住んでる時は、本当に楽しくて…最後にね、ショパンのノクターンを教えてあげたんだ。ピアノ、触ったこともなかったのにさ。一生懸命覚えようとする姿がいじらしくて可愛くて…ずっと側にいて、幸せになる姿を見てみたかったよ』
柔らかい顔で
そう言った
その彼が今は龍の側にいると知ったら
おまえはまた苦しむよな……
重く沈みそうな心をもて余しながら、風呂から上がると。
楓はソファにぐったりと横になっていた。
「楓、どうした?また気分が悪いのか?」
慌てて駆け寄ると、ゆっくりと起き上がって。
無理やり作ったような微笑みを浮かべる。
「ちょっと、ふらっとしただけ。疲れちゃったのかな…?」
「なぁ、やっぱ少し仕事休もう?休んで、亮一にちゃんと診てもらおう?」
志摩くんのことをなかなか言い出せないのは
最近の楓の体調のこともあった
京都から帰ってから
微熱とまではいかなくても普段より体温が高めで
酷く疲れやすい
本人は
京都がこっちより寒かったから少し風邪引いたのかも
なんて言ってるけど…
「もう…大丈夫だってば。少し横になったら、良くなったし」
「でもさ…」
「俺さ、今の仕事、すっごく楽しいの。俺の演奏を聞くためにホテルにいらっしゃるお客様も、最近増えてきたし…今、人生で一番充実してるって感じる。だから、それを取り上げたら、いくら蓮くんでも怒るからね?」
そんな風に言われると、それ以上の無理強いは出来なくて。
俺は楓の横に腰を下ろすと、まだ青白い頬を手のひらで撫でた。
「わかった。でも、絶対に無理はするなよ?倒れたりしたら、怒られてでも休ませるからな」
「わかってる」
「じゃあ、今日はもう寝ろ。俺は少し、飲んでから寝るから」
いつもなら一緒にベッドに入るんだけど、今日は酒でも飲まないと眠れそうになくて、そう促すと。
「やだ」
楓はなぜか不満そうに口をへの字に曲げて、おもむろに俺の膝の上に乗っかってくる。
「え、ちょっと…」
膝の上に向かい合わせに座り、まるで逃がさないとでも言いたげに両手で頬を包まれて、至近距離でじっと目の奥を覗き込まれて。
熱い吐息が唇にかかると、眠っていた欲が身体の奥でぞわりと疼いた。
「か、楓…今日は、エッチしないぞ?」
慌てて平常心を手繰り寄せながら、自分に言い聞かせるように言葉にすると。
「…ねぇ、蓮くん…」
楓の眼差しが、刺すような鋭さを帯びる。
「俺に、なにを隠してるの?」
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