突然、核心を突かれて。 思わず狼狽えてしまった。 「えっ…」 「最近ずっと、なにか言いたそうな顔してる。でも、全然なにも言ってくれないじゃん」 「あ、いや…それは…」 「それとも、俺には言えないことなの？」 問い詰めるような鋭い眼差しが、ふっと悲しみを帯びる。 「俺には、全部話せない？俺じゃ、蓮くんの話を聞いてあげられない？俺なんかじゃ、頼りにならないかな？」 小さくなった声が、楓の不安を伝えてきて。 ここで誤魔化したら、楓はもっと不安になる ただでさえ、心の傷を抉るんだ これ以上の不安は、楓をもっと苦しめてしまう 俺は、覚悟を決めた。 「そんなことないよ。ただ、俺の決心がなかなかつかなかっただけ」 「決心…？」 首を傾げた楓の手を、そっと握る。 どんなことになっても、この手を決して離さない そんな思いを込めて。 「…あのな、楓」 「うん」 「…志摩くんの、ことなんだ」 「え？志摩？」 「そう。彼は少し前にαと結婚したって、言ってただろ？」 「うん…」 「実は…その相手は、な…」 一度、言葉を切ると。 楓の色素の薄い瞳が、ゆらりと揺れて。 「…龍、なんだ」 俺がその名を唇に乗せた瞬間、これ以上ないってくらい大きく見開かれた。 「………え？」 そのまま、瞬きもせずにじっと俺を見つめる。 「…龍…？志摩の、旦那さまが…？なに…？どういう、こと…？」 一瞬で血の気の引いた唇が。 震える指先が。 楓の驚愕と動揺を痛いほどに伝えてきて。 俺は少しでも落ち着くようにと、握った手に力を込めた。 「楓が辞めた後に、龍があの店に現れたらしい。アポイントもなしに常連客が連れてきたみたいで、那智さんも拒否出来なかったって」 楓がいる頃にはお父さんが龍をあの店に近付けないようにしていたに違いない 辞めたあとも警戒はしていただろうが まさか巡りめぐってこんなことになるなんて 誰が想像できただろう これも俺たちが兄弟であるが故の因果なんだろうか 「そこで、志摩くんと出会って…子どもが、出来たんだ」 「…っ…」 俺の言葉に、楓が息を飲んだ。 「もうすぐ、産まれるらしい」 「……そう……」 「…でもな…知ってしまったんだ…」 瞳が、怯えに揺れる。 「…なに…を…？」 「龍が…おまえにしたこと。おまえが、なぜ九条を飛び出したのかを…」 びくり、と。 身体が大きく震えて。 きゅっ、と。 唇がきつく引き結ばれた。 カタカタと小刻みに震えだした身体を、引き寄せて。 強く、抱き締める。 耳元に寄せられた唇からは、乱れた呼吸の音が聞こえてきて。 不規則に上下する背中を、俺はゆっくりと擦った。 楓にとっては想像すらしなかった事実をいきなり突きつけられて 葛藤するなというほうが無理な話だ 俺に出来ることは 楓が落ち着くまで ただこうして抱き締めているだけ 再び闇に落ちていかないように その手をしっかりと繋いでいることだけ どれくらいそうしていただろう。 数時間だった気もすれば、ほんの数十分だった気もする。 「…志摩…は…？」 少しずつ震えの収まった楓が、掠れた声で訊ねた。 「今…どう、してるの…？」 「今は、那智さんのところにいるらしい」 「…そっか…」 「おまえに会いたいって言ってる」 「えっ…！？」 それまで俺の胸に埋めていた顔をばっと上げると、その目は真っ赤で。 「会って、謝りたいって言ってるらしい。…どうする？」 俺の言葉に、大きく瞳を揺らした。