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夜鷹(よたか)21 side蓮

その夜、楓は一睡もしなかった。 暗闇のなか、天井の一点を見つめたままの青白い横顔を。 俺は声をかけることも出来ずに、その氷のような冷たい手を握り締めながら見つめていることしか出来なかった。 「やっぱり俺、今日は休もうか?」 「大丈夫だってば。心配しないで」 ネクタイを締める手を止めて、訊ねると。 楓は赤い目で、でもほんの少しだけ微笑みを浮かべながら、中途半端で止まってた俺のネクタイをするりと締めた。 「俺も後からちゃんと行くから、蓮くんも仕事して」 「でもさ…」 「大丈夫。一晩中、蓮くんが手を繋いでくれてたから、だいぶ落ち着けたし。ありがとね」 「いや…ごめんな、そんなことしか出来なくて…」 「謝らないでよ。蓮くんが側にいてくれて、本当によかったって思ってるのに」 穏やかな声音で、そう言って。 ぴたりと俺に身体を寄せる。 「…ずっと…側にいてくれるよね…?」 「当たり前だろ。なにがあっても、絶対に離さない」 「…うん…」 離れないようにと、腕の中に強く囲い込むと。 楓の手が、ぎゅっと俺のシャツを握り締めた。 「…蓮くん…」 「ん?」 「俺…志摩に、会うよ」 「えっ…」 まさか、そんなに早く結論を出すと思っていなくて。 驚いて顔を覗き込むと、まだ青白い頬に柔らかな微笑みを湛えていた。 「無理しなくていいんだぞ?あんなこと言ったけど、俺は会う必要はないと思ってるから」 楓の意志を尊重したくて、自分の気持ちはなるべく挟まないようにと思っていたのに。 その微笑みが無理やり作ったもののように見えて、つい口に出してしまう。 昨日の楓の様子を見ていたら やっぱり話したのは時期尚早だったんじゃないかと 後悔が胸を覆い尽くしていたから だけど、楓は静かに首を横に振って。 「無理してないよ。だって、俺と龍のことは志摩には関係ないことでしょ。なのに、その事がきっかけで二人の間が拗れて…もしも、志摩がお腹にいる赤ちゃんのことを悩んでるのなら…そんな必要はないよって、俺が伝えてやらなきゃ。俺たちのこととは関係なく、志摩のお腹にいる赤ちゃんはみんなに祝福されて産まれてくるべきだもの。それに、俺も志摩に会いたいんだ。俺の過去がどうだろうと、志摩が今、龍…の奥さん、だろうと…志摩のこと、俺が大好きなことは変わらないもの」 いつもより少し早口で、そう言った。 龍の名前を出した一瞬だけ、言葉に詰まったけど。 微笑みを崩さずに言った言葉は、まるで自分自身にも言い聞かせているように思えて。 それを否定することは、出来なかった。 「…わかった。おまえがそう言うなら、那智さんに話してみるよ」 「うん。お願い」 「ただし、会う時は俺も同席するから」 「うん。ありがと」 ふわりと微笑んだ楓をそっと抱き寄せ、少しひんやりと冷たい唇にキスをする。 「とにかく、夕方までは身体を休めておくんだぞ?具合が悪い時は、躊躇わないですぐに連絡すること。いいな?」 「わかってる。ほら、もう行かないと遅れちゃうよ?いってらっしゃい、蓮くん」 楓の方から、送り出すようにもう一度キスされて。 「…行ってきます」 俺は後ろ髪を引かれる思いで、マンションを出た。

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