402 / 566
夜鷹(よたか)24 side蓮
二人を部屋に残し、楓を迎えにロビーへ降りると。
もう演奏を終えて、ピアノの側でお客様と話をしているところだった。
最近よく見かけるご婦人で、楓もリラックスした表情で楽しげに会話を弾ませている。
これからキツイ話が待ってるかもしれないと思うと、今は少しでも気持ちを楽にさせてやりたいと、話が終わるまで離れたところで待っていることにした。
2.3分ほど、手の空いていたフロントスタッフと話をしていると、楓がこっちに歩いてくる気配がして。
振り向くと、もうすぐ側にいた楓はいつもと変わらぬ柔らかな雰囲気を纏っている。
「ごめん、お待たせ」
「ああ。お疲れ様。今日もいい演奏だったよ」
「ホント?ありがと」
「体調は良くなったのか?」
「うん。お昼寝いっぱいしたから、だいぶ」
そう言われると、確かに朝よりはずいぶん顔色は良くなっているように思えた。
「…志摩は?俺の部屋?」
「ああ」
「そう…じゃ、いこっか」
今の彼の状態を先に話しておいた方がいいだろうかと逡巡する間もなく、楓は先に立ってエレベーターへと向かう。
俺は、慌ててその背中を追いかけた。
エレベーターに乗り込むと、二人で階数表示の電光板を無言で見上げて。
無言のまま、エレベーターを降り、控え室のドアの前に立つと。
楓はドアをじっと見つめたまま、俺の手をきゅっと握ってきた。
「大丈夫。なにがあっても、俺が側にいる」
少し汗ばんだ手を強く握り返すと、小さく頷いて。
ゆっくりとドアノブに手を掛け、ドアを開く。
一歩一歩を踏みしめるように短い廊下を歩き、ベッドが見える位置まで来ると、楓はピタリと足を止めた。
握った手に、ぎゅっと力が入る。
「…柊…」
那智さんが小さく名前を呼ぶと、そこに立ち止まったまま、微かに頷いた。
「志摩。柊が来たぞ」
微睡んでいた志摩くんに、那智さんが声をかけ、軽く揺さぶると。
ぱっと目を開き、勢いよく起き上がる。
「こらっ!そんなに急に起きたらっ…」
「柊さんっ…!」
部屋をぐるりと見渡し、楓の姿を見つけて。
ベッドから這い出そうとした志摩くんの身体がぐらりと揺れて、再びベッドへ沈みそうになったのを那智さんが抱き留めた。
「バカ!言わんこっちゃない!」
「柊さんっ…ごめ…ごめんなさいっ…僕っ、知らなくてっ…ごめんなさいっ…ごめんなさい…」
那智さんに支えられながら、ただ楓だけを見つめてぼろぼろと涙を溢し、何度も謝罪の言葉を繰り返す志摩くんを、楓は俺の手を強く握りながら見つめていたけれど。
「ごめんなさい…柊さん…ごめんなさい…」
俺にしかわからない程度に小さく長く息を吐き出すと、ゆっくりと俺の手を離し、ベッドへと近づいていく。
「久しぶりだね、志摩」
そうして、ベッドの側へ跪き、ベッドへ俯せている志摩くんと視線を合わせると、ふんわりといつもの柔らかな微笑みを浮かべた。
「…柊、さん…」
「ずっと、会いたかったよ」
そう言って、彼へと伸ばした手は。
彼に届く前に、ベッドの上に落とされる。
「どうして、謝るの?」
微笑みを浮かべたまま、その指先がぎゅっとシーツを握り締めた。
ともだちにシェアしよう!