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夜鷹(よたか)26 side蓮
「蓮さん!何事ですかっ!?」
5分ほどで到着した救急車に志摩くんを乗せていると、騒ぎを聞き付けたらしい和哉が、駆けてきた。
「龍のパートナーだ。もうすぐ臨月なんだが、突然破水して出血してる」
「え…この子が…?」
「おまえ、龍と連絡取れるか?」
「いえ…俺ももう何年も連絡してないし、アドレス変わってるかも…あ!春なら、取れるかも!」
「確認してくれ」
「はい!」
「蓮!ちょっと!」
和哉と話していると、救急隊員と話していた那智さんに呼ばれて。
急いでそっちへ向かう。
「おまえ、志摩が通ってた産婦人科、わかるか?」
「え?わかるわけないですよ」
真っ青な顔で、ガタガタと震えている楓を抱き締めながら、なんで急にそんなこと聞かれたのかと首を傾げると。
「九条家お抱えの病院のはずだ。おまえなら、わかんだろ」
そう言われて、すぐに合点がいった。
「おそらく、港区の東帝会病院だと思います」
俺は、かつて母が俺と龍を産み、亡くなるまで入院していた病院の名前を告げる。
代々、九条家が懇意にしていた病院だ。
そこで間違いないだろう。
「わかりました。そちらで受け入れ可能か確認します」
「お願いします。九条志摩、と伝えれば、たぶんわかるはずです」
「どなたか、同乗されますか?」
「あ、じゃあ…」
那智さんを振り向いたとき。
それまで俺の腕の中でずっと震えていた楓が、突然腕をぐっと強く引っ張った。
「蓮くんが行って!」
そうして、俺を突き飛ばすように救急車へと押し出す。
「え…いや、でも…」
「あの病院なら、蓮くんよく知ってるじゃん!お願い!志摩と赤ちゃんを絶対助けて!」
涙を瞳いっぱいに溜めながら叫んだ声は、楓の魂の慟哭のように聞こえて。
那智さんを振り仰ぐと、那智さんは俺に向かって強く頷いた。
「わかった。那智さん、楓のことお願いします」
「ああ、任せとけ」
「楓、あんまり心配するな。きっと大丈夫だから」
根拠のない慰めを口にしつつ、楓を那智さんに預けると。
「蓮さん!春、連絡できるって!」
少し離れたところで春海に連絡していた和哉が、大声で叫んだ。
「頼む。東帝会病院にすぐに来いって伝えてくれ!」
そう伝えながら、救急車へと乗り込む。
「受け入れ可能です。向かいます」
救急隊員の声と共に、ドアが閉まって。
楓がなにかを叫んだけど、それは鳴り出したサイレンの音に掻き消されて、聞こえなかった。
不安そうな楓の姿があっというに遠ざかって。
楓の姿が見えなくなると、志摩くんへと視線を移す。
酸素マスクを付けられた志摩くんは、ひどく苦しげに眉をきつく寄せていて。
「…りゅ…さ…」
微かな声で龍の名を呟くと、少しだけ右手を持ち上げた。
まるで、龍を探すように。
「…大丈夫だ」
その手を取ったのは、無意識だった。
「龍は、すぐに来る。それまで、頑張れ」
冷たい手を、強く握ると。
弱々しい力で、握り返してきて。
「…龍…さ…」
閉じられた瞳から零れた一粒の涙に、胸の奥がツキンと痛んだ。
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