405 / 566

夜鷹(よたか)27 side蓮

静寂に包まれた、肌寒い病院の廊下の長椅子で。 俺は、ただ待っていることしか出来ない虚無感に、溜め息を吐いた。 「…頑張れ…」 固く閉ざされた手術室の向こう側で必死に戦っているはずの彼に、小声でエールを送る。 楓のためにも どうか二人とも無事でいてくれ… 普段は祈ることすらしない神にも縋りたい思いで、白い扉を見つめていると。 遠くから、誰かが走ってくる気配を感じた。 そちらへ顔を向けると、びくっと大きく震えて立ち止まる。 「…兄さん…」 12年ぶりに会う弟は 記憶の中よりもずっと大人びていて 俺の知る快活で朗らかな龍の姿は 微塵も残っていなかった 「…志摩、は…?」 龍は、少し震える声で訊ねながら、ゆっくりと俺に向かって歩き出した。 「早期胎盤剥離で、緊急の帝王切開になった。おまえを待つ暇がなかったから、手術の同意書には俺がサインしておいた。一応、俺は彼の義理の兄だからな」 「そ…っか…あり、がと…」 ぎこちなく、礼を述べると。 俺が座る長椅子に、少し距離を取って腰を下ろす。 そうして、膝の上で手を組んだ。 「…どうして…兄さん、が…?」 その手は、指先が真っ白になるほどに力が込められている。 「志摩くんが、楓を訪ねてきたんだ。そこで、突然出血して…この病院なら俺がよく知ってるからと、楓に一緒に行くように頼まれた」 「か、楓って…本物なの…?本当に、楓は生きてたの…?」 おずおずと顔を上げ、俺と目を合わせた龍の瞳は、信じられないとでも言うように、ひどく揺れていた。 「生きてるよ。俺たちは番になった。今は、俺のホテルで働いてる」 そう告げると、息を飲んで。 苦しげに顔を歪めて、組んだ手を額に当てる。 「嘘だっ…あの時、どんなに探しても見つからなかったんだっ…血が…道路に点々と落ちてて…あんな状態で、生きてたなんてっ…」 「ヤクザ崩れに捕まって、無理やり身体を売らされてた。発情誘発剤を乱用されて、逃げられないように麻薬漬けにされて…お父さんが見つけた時には、命すら危なかったらしい」 「っ…お父さんがっ!?お父さんは知ってたのか!?」 「知ってるもなにも、助けたのはお父さんだ。だけど、おまえのいる家に連れ戻すことは出来なかったから、那智さんに預けた。そうして、那智さんと楓と二人で始めたのが、おまえが志摩くんに出会った店だよ」 カタカタと震える手を抑え込もうとしながら、ちらりと俺に視線をやった龍は、まるで子どもが叱られているような情けない顔をしていて。 なるべく平静を装って、淡々と話したいと思っていたのに。 いざ、龍のそんな顔を見ると、再会した頃の楓の儚い姿が脳裏をちらついて。 身体の奥から、ドロドロとした怒りが溢れ出てきてしまう。 「…俺とおまえだけが、なにも知らなかった。俺とおまえが、馬鹿で愚かな子どもだったからだ」 堪えきれなかったその怒りが、言葉に滲んでしまった時。 突然、目の前のドアが開いた。

ともだちにシェアしよう!