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夜鷹(よたか)28 side蓮
瞬間、元気な赤ちゃんの鳴き声が廊下に響き渡った。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
おくるみにくるまれ、看護師に抱かれたその子は。
まるで自分の誕生を世界に知らしめるかのように、力いっぱい鳴いていた。
だが。
「っ…志摩は!?母親は大丈夫なんですかっ!?」
龍は、その子を見ようともせずに、看護師に詰め寄った。
「お母さんは、出血が酷くて…まだ処置中です」
「助かるんですよねっ!?」
「それは…まだなんとも…」
「…っ…そんなっ…!」
曖昧な返事に、足をふらつかせ。
崩れ落ちるように、また長椅子に座り込む。
その間、龍の目は一度も子どもへ移されることはなかった。
「…くそっ…なんで、こんなことにっ…」
髪をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら、苦しげに呟く龍を横目に見ながら。
俺は困惑した顔で立ち竦む看護師へと、近寄る。
「俺が、抱っこしてもいいですか?」
「え…?あ、はい。もちろん」
両手を差し出すと、ゆっくりとその上に赤ちゃんを乗せられて。
俺の手に包まれた瞬間、赤ちゃんはピタリと泣き止み、そのまますやすやと眠りだした。
「まあ、お父さんがわかったのかしら?」
「あ、いえ…俺はこの子の叔父なので…」
「あら…ごめんなさい」
「いえ…」
看護師が、気まずそうに龍へと視線を投げるのを感じつつ、腕の中の天使のような寝顔を見つめた。
小さくてもずっしりとした重み
それはきっとこの子の命の重さなんだろう
そう考えた瞬間、叶うことのなかった、楓が我が子を抱っこして微笑んでいる幻が、頭に浮かんできて。
目の奥が、じわりと熱くなる。
「よく…頑張ったな…生まれてきてくれて、ありがとう…」
考える間もなく、言葉が零れ。
溢れた涙が、真っ白いおくるみに小さな染みを作った。
「あの…そろそろ、保育器に移しますので…」
赤ちゃんを抱っこしたまま、涙を止めることが出来ない俺に、看護師がおずおずと声をかける。
「…すみません。よろしくお願いします」
赤ちゃんを預けると、看護師は俺たちに一礼して、足早に廊下を歩いていった。
涙を拭って、龍の隣へ再び腰かける。
「…どうして…」
顔を膝に押し付け、まるで全てを拒否するかのような龍の態度に。
この手に抱いた命の重さに。
「…どうして…俺たちの子どもを殺したんだ…」
言わないと決めていた言葉が、溢れた。
龍を問い詰めるつもりはなかった
それをするのは俺じゃない
龍があんな惨いことをした切欠の一端は
たぶん俺にもあるんだろう
でも
あの子の命の重みが
楓が喪ったものの大きさを教えてくれたような気がして
楓の哀しみの大きさを
絶望の深さを
今更ながらに突き付けられたような気がして
言わずにはいられなかった
「楓が…どれだけ苦しんだのか、わかるか!?あいつ…死のうとしてたんだ。今でも、夜中に魘されて…おまえが、あんなことさえしなければっ…楓は、愛する子どもと一緒にっ…今、なんの苦しみもなく笑えてたはずなのにっ…」
あの時、龍があんなことさえしなければ……
「っ…ごめんっ…ごめんなさいっ…楓っ…許してくれ…兄さん…許して…ごめんなさい…」
顔を突っ伏したまま、子どものようにただ謝罪の言葉を繰り返すのを。
俺は憎しみと後悔がぐちゃぐちゃに渦巻いた心を抱えて、聞いていた。
止まらない涙と、ともに。
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