409 / 566
夜鷹(よたか)31 side蓮
あれから3日。
志摩くんは、まだ意識が戻らない。
予定日よりも1ヶ月も早く産まれてしまった子どもは、一旦保育器に入れられたが、1日でそこから出されて、今は新生児室のベッドで他の赤ちゃん達と並んでミルクを飲んでいる。
周りの子たちより少し小さいが、力強く哺乳瓶を吸うその子をガラス越しに見つめると、それだけで心の中が温かで優しいもので満たされた。
まだよくわからないけど…
なんとなく、目元は龍に似てる気がする
口元は志摩くんかな
こんなに小さくても
ちゃんと二人の遺伝子を受け継いでいるんだな
「…可愛いなぁ…」
出来ることなら楓にも
こんなに清らかで愛らしい魂を
抱かせてやりたいな…
「…お母さん、君のために必死に頑張ってるからな。もう少し、待っててくれよな」
「蓮さん」
まだ名前もない、その子へと語りかけていると、後ろから呼ばれて。
振り向くと、小夜さんが大きな紙袋を持って立っていた。
「ああ…龍は?」
そう訊ねると、困ったように眉を下げ、首を横に振る。
「しばらく休んでくださいと何度お願いしても、頑なに嫌だと…」
「…後で、俺が説得してみますよ」
「はい。お願いします」
小夜さんは、俺に向かって頭を下げると。
ガラス窓に近付き、ミルクを飲み終わって微睡みだした赤ちゃんを見つめた。
「可愛いですねぇ…」
「そうですね」
「…早く、志摩さんに抱っこさせてあげたい…」
声が震えたように聞こえて。
そっと横顔を伺うと、その頬には幾筋もの涙が伝っている。
「どうして…いつも、こんなことに…」
「小夜さん…」
「どうして…楓さんも志摩さんも…なんにも悪いことなんてしてないのに…どうして…」
「小夜さん、あっちで少し休みましょう」
そのまま泣き崩れそうな身体を支え。
新生児室を離れ、休憩室へと向かった。
久しぶりに抱いた肩は、ずいぶんと小さくなったように感じた。
「…すみません。昔のことを、思い出してしまって…」
休憩室の自動販売機でお茶を買って、渡すと。
小夜さんは一口飲んで涙を拭い、また俺に頭を下げる。
「いえ…謝るのは俺の方です。あの時、側にいられなくて、小夜さんにだけ辛い思いをさせてしまって…」
「そんなことっ…」
「あの時、小夜さんが自分の実家で一緒に育てようって言ってくれたこと、とても嬉しかったと、楓が感謝してました」
「楓さんが…?本当に、そんなことを…?」
「ええ。楓の作る肉じゃが、小夜さんの味と同じなんですよ。それを持って、今度小夜さんの実家に挨拶に行こうって二人で話してたんです。でも、まさか九条に戻ってきてくれてたなんて…本当に驚きました」
「私の方こそ…楓さんが生きて、蓮さんと番になってたなんて、今でも信じられませんよ!本当に良かった…まさかこんなに嬉しい話を聞けるなんて…本当に夢みたいです!」
涙を滲ませながら、それでも嬉しそうに声を弾ませる小夜さんに。
俺は、無理やり作った微笑みを向けた。
12年ぶりに会った小夜さんは
俺の顔を見るなり
病院の床に額を擦りつけ
何度も何度も謝った
楓と子どもを守れなかったことを
過呼吸を起こしても
それでもまだ謝り続けた姿に
この人もまたあの日からずっと苦しみ続けていたのだということを痛いほどに感じて
俺は楓が生きていること
俺と再会して番になり、今は俺のホテルで働いていることだけを伝えた
あの忌まわしい過去のことは話せなかった
母とも慕うこの人を
これ以上苦しめることは出来ない
きっと楓もそう思うだろうと思ったから
「今度、楓に唐揚げ作ってやってください。楓、小夜さんの作る唐揚げ好きだったから」
「ええ、ええ、もちろん!蓮さんのお好きだったクリームシチューも…お二人の好きなもの、たくさん用意しますから!」
嬉しそうに何度も頷いた小夜さんの頬を、一筋の涙が伝った。
「楽しみにしてます」
ともだちにシェアしよう!