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夜鷹(よたか)32 side蓮
龍の着替えを持って一度家に帰るという小夜さんを見送って。
別の棟にある集中治療室へと向かった。
徐々に重くなっていく足取りを自覚しながら、そこへたどり着くと、俺が離れる前と同じ祈るように手を組んだ体勢のまま、じっとガラスの向こう側に見える志摩くんのベッドを見つめている龍の姿があった。
「…おまえ、少し休んだらどうだ?ずっと寝てないだろ。このままじゃ、おまえの方が倒れちまう。家に帰りたくないんだったら、院長に言えば仮眠用の部屋、貸してくれるだろ。おまえが休んでる間、ここは俺が見てる。なにかあったら、すぐ知らせてやるから」
髪はボサボサで、やつれた顔をした龍に、そう声をかけたけど。
龍は志摩くんから目を離さないまま、首を横に振る。
「俺は、いい。大丈夫。志摩が頑張ってるのに、俺だけ休めない」
「いや、でもさ…」
「兄さんだって、休んでないだろ。それに…楓…が、心配して待ってんじゃないの?俺らのことはいいから、もう帰りなよ」
「楓のことなら、那智さんと誉先生に預けてあるから心配ない。それに、和哉と春海もいるし。他にもたくさん、俺たちのことをサポートしてくれる人がいる。だけど、おまえは?おまえが倒れたら、誰が支えてくれるんだ?」
この病院に搬送されて今まで
龍たちを心配して駆けつけてくれた人は小夜さんだけだった
そのことが今の龍の立っている場所を物語っているようで
ひどくやるせない気持ちになる
「別に…俺のことなんてどうでもいいだろ。俺が倒れようが、兄さんたちには関係ないし。俺らのことは放っといて、兄さんはさっさと自分の場所に戻んなよ」
「龍っ…!」
その投げやりな言い方に、一瞬カッと血が頭に上って。
思わず、その肩を強く掴んだ。
「関係ないわけ、ないだろっ!今まで離れてたって、おまえと俺は兄弟で、おまえは俺の大切な弟に変わりない!」
「っ…はぁ!?大切な弟!?そんなこと、一度も思ったことないくせにっ!兄さんにとって大切なのは、いつだって楓だけだろっ!」
「んなわけ、あるかっ!」
「そうだろっ!勝手に二人で愛し合って、勝手に家を出ていって…全部、俺に押し付けてっ…俺に、兄さんの代わりなんて出来るわけないってわかってたくせにっ!」
「代わりなんて、馬鹿なこと言うな!おまえはおまえだろうが!俺は、おまえならって…」
「それは、兄さんがなんでも出来るからそう思うんだよ!俺の気持ちはっ…兄さんには一生わからないっ!なんでも出来て、全部持ってて…みんなに認められて崇められる兄さんにはっ!」
「崇められるって、なんだよっ!なんでも、なんてそんなこと…」
「俺はっ…!なにをやっても兄さんと比べられて…それがずっと、惨めで悔しかった!失敗したら兄さんの弟なのにって落胆される。成功しても、兄さんの弟なんだから当たり前だって、蓮ならもっとうまくやれるって言われて…いつだって、俺は兄さんの出来損ないのスペアでしかないんだよ!いつだって、『九条蓮』の弟…誰も、本当の俺のことなんて見てなかった…俺のことなんて、どうでも良かったんだ!」
「…んなわけ、あるか…」
「楓だって!俺の側にいてくれるって…龍のこと、ちゃんと見てるよって…そう言ったのに…結局は、兄さんを選んだじゃないか…」
喚き散らしていた龍は、だけど風船が一気に萎んだように言葉に力を失って。
ガクリ、と膝を折ると、そのまま床へ踞った。
「ようやく…手に入ったのに…志摩だけは、俺だけを見て…俺だけを、愛してくれるのに…どうして、こんなことに…」
「…龍…」
「どうしよう…志摩が、もし死んだら…俺はっ…俺、は…」
小さな子どもが母親に縋るように、泣きじゃくる龍の頼りない背中に。
思わず手を伸ばした時。
不意に、集中治療室のガラスの向こう、志摩くんのベッドの周りがざわついてるのに気が付いた。
「っ…龍っ!志摩くんがっ…!」
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