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夜鷹(よたか)33 side蓮
「志摩っ!志摩!目を開けろ!俺だ!」
小さな手を握り、何度も大声で呼び掛けると。
閉じられていた瞼がふるっと震えて、ゆっくりと持ち上がった。
「…りゅ…さ…」
「わかるか!?俺が、わかるのか!?」
必死に訴える龍に、志摩くんが微かに頷く。
「りゅ…さ…ど…して…ここ…」
「良かった…本当に、良かった…」
手を握り締めたまま、ベッドの端に突っ伏して泣き出した龍を、困惑した顔で見つめ。
なにかを思い出すように視線を宙に彷徨わせた志摩くんが、はっと息を飲んで大きく目を見開いた。
「あか…ちゃ…ぼく、のっ…」
「大丈夫。無事に産まれたよ。今はこの病院の別の場所で、君を待ってる」
その目に恐怖の色が広がるのが見えて、思わず先にそう伝えると。
再び息を飲み、龍の後ろに立ってた俺へゆっくりと視線を移す。
「…蓮、さん…」
「さっき、見てきた。赤ちゃんは元気だよ。いっぱいミルク飲んで、今はすやすや眠ってる」
安心させるように、微笑みを浮かべて教えると。
小さく震えた志摩くんの目に、じわりと涙が滲んだ。
「…ほん、と…?」
それはあっという間に大きな粒となって、目尻を伝う。
「ああ」
「…っ…ごめ…なさ…」
「謝る必要はない。君も赤ちゃんも無事だった。それだけで、いいから」
そう言うと、志摩くんは声を上げて泣き出して。
それまでベッドに突っ伏していた龍が、ガバッと起き上がり、泣きじゃくる志摩くんの頭をそっと胸の中に抱え込んだ。
「ごめんっ…志摩、ごめんっ…」
「っ、ぅ…りゅ、さ…ごめ…なさ…」
「違うっ!謝るのは俺だ!俺が、おまえを苦しめて…本当にごめんっ…ごめんな…そして、ありがとう…生きててくれて、ありがとう…」
「っ…龍さんっ…ごめんなさい…」
互いの存在を確認するように固く抱き合った二人を見ながら、俺はそっとその場を離れる。
俺の役目はここまでだな
あとは二人の問題だ
でも
きっと良い方向に向かうだろう
あのこの存在が
二人をちゃんと結びつけてくれる気がするから
大きな安堵と。
少しばかりの苦い思いを胸に抱きつつ。
病院を出ようとした俺の足は、なぜか面会用のオープンスペースへと向かっていた。
真っ暗で誰もいない、ひんやりとした静かなその場所に置いてある長椅子に腰を下ろし。
大きな溜め息と共に、さっきからこの胸を覆い尽くすモヤモヤを吐き出す。
なんとなく感じてはいた
龍が俺に対して持っていた苛立ち
だが、こうもはっきりと口にされると…
「…さすがに、クるな…」
だけど…
「…俺だって、おまえになにも思ってなかったわけじゃない…」
俺は、ずっと…
「…おまえが、羨ましかったんだからな…」
口に出すと、もうとっくに忘れてしまったと思っていた感情が溢れてきた。
まだあの家にいた頃
俺にはあいつがとても自由に見えていた
いつも大勢の友人に囲まれ
部活だって遊びだって自分で好きなものを選ぶことができた
それは俺には許されないことだった
九条の後継者として
幼い頃から生きる道を決められていた俺には
「…俺が、なんの努力もせずにお父さんの隣にいたと思ってんのかよ、馬鹿」
蓮さんだったらもっと上手くやれるって言われたって?
当たり前だろ
そう言われるために幼い頃から努力してきたんだ
おまえとは年季が違うんだよ
「悔しかったら、ぐずぐず拗ねてないで見返してみろよ、馬鹿」
なんだかムカムカしてきて。
そう口走った瞬間、ずいぶん子どもじみたことを愚痴ってることに気が付いた。
「ふっ…子どもか、俺は」
これじゃまるで
兄弟ゲンカじゃないか
こんな年にもなって
でも…
おまえが面と向かって俺に自分の気持ちをぶつけたのは
初めてかもしれない
「…志摩くんの、おかげ…だな…」
きっと
本当に愛する人が出来たから
命を懸けて守りたいものが出来たから
龍は強くなろうとしてるんだろう
しっかりと固く抱き合った二人の姿を思い浮かべると。
無性に、楓の声が聞きたくなった。
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