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天女(つばくらめ)1 side楓

こっそり電源を入れて布団の中に隠していた携帯が、震えて。 俺は相手も確認せずに、慌てて耳に押し当てた。 「もしもしっ!?」 『楓、ごめん』 瞬間、聞こえてきた愛おしい声に、詰めていた息をほっと吐き出す。 『戻れなくて、ごめんな』 ずっと聞きたかった優しい声に、涙が込み上げてきた。 「…ううん…志摩に、なんかあったの?」 それを奥歯を噛み締めて堪え、いつも通りの声を意識する。 『…いや、志摩くんはもう大丈夫だよ。集中治療室から一般病棟に移って、初めて赤ちゃんと対面したよ。まだ起き上がれないから、抱っこは無理だったけど、すごく喜んでた』 「ほんと?よかった…でも、じゃあどうして?」 『…お父さんが、倒れた』 「…え…?」 思ってもみなかった答えが返ってきて。 言葉が詰まった。 『…5年前から、ガンに侵されてて…手術や、抗がん剤治療もしたみたいなんだけど…もう、全身に転移してて…長く、ない…って…』 蓮くんの声は、弱々しく震えてて。 そんな声を、俺は初めて聞いた。 『俺…今は、お父さんの側についていたい。ずっと…反発するばっかで、なにも返せてないから…』 「…うん…」 蓮くんの苦しさが、耳から伝わって俺の全身へと広がっていって。 胸が、痛い。 「…わかった。蓮くんの気が済むまで、九条のお父さんの側にいてあげて?俺は、大丈夫だから。みんな、いるし」 今の蓮くんの気持ちを考えれば、そう言うしかなかった。 『…うん。ごめんな、楓』 「謝んないで。今は、俺のことよりお父さんのこと、考えてあげて」 『ごめん、そうさせてもらう。…愛してるよ、楓』 「俺も、愛してる」 『…それから、お父さんのことは誰にも話さないで欲しい。まだ、会社にも内緒にしてることだから』 蓮くんが話してる最中に、那智さんが病室に戻ってきて。 思わず、声を潜める。 「わかった」 『ありがとう。じゃあ、また連絡する』 「うん。蓮くんも、少しは休んでね」 『ああ。それじゃ』 プツリ、と。 通話が切れて。 俺は、重たい溜め息を吐いた。 「今の電話、蓮か?あいつ、いつ戻ってくるんだって?」 那智さんが、少し苛立ったように眉を潜める。 「…しばらく、戻ってこないみたい」 「はぁ!?なんで!?…志摩が、またなんかあったのか!?」 「ううん、志摩は大丈夫。そうじゃなくて…なんか、ちょっと九条の本家の方で、トラブってるみたいで…」 「っ、は!?九条なんて、今のあいつには関係ないだろ!おまえ、なんでそんなの許してんだよ!あの家は、おまえを苦しめた場所だろうが!おまえも、そんなのさっさと放って、とっとと帰ってこいってくらい、言いやがれ!」 「そういうわけには、いかないよ。あそこは…蓮くんにとっては、やっぱり大事な家なんだからさ」 そうして、ぷりぷり怒りながら俺に詰め寄るのを。 俺は曖昧に笑って躱すしかなかった。

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