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天女(つばくらめ)2 side楓

蓮くんは幼い頃からずっと 九条家を継ぐために育てられてきた それがなにかは具体的には俺にはわからないけど 小学校の低学年の時から 俺や龍が遊んでるのを後目に 難しい本を読んだり 夜遅くまで家庭教師と勉強したり 時には九条のお父さんと二人で出かけたりもしてた 出かける時の蓮くんは まだ子どもだったにも関わらず 大人と同じようなスーツをピシッと着こなしてて 俺は 同じ年の従兄弟なのになんてカッコいい人なんだろうって 憧れにも似た気持ちでそれを遠くから見ていたけれど 今思い出せば その時の蓮くんはひどく寂しそうな目をしてたように思う きっと自分だってたまには子どもらしく自由に遊びたかったに決まってる でもそんなこと一言も口にしたことなかった ただ九条の後継者という生まれながらに与えられた運命を 弱音を吐くこともせずただ黙々と歩んでいた 俺がヒートを起こすまでは 蓮くんは 俺のためにあの家を捨てた それは同時に 生まれてからの自分を捨てたのと同じだった だけど 長年身に染み付いたものを そんなに簡単に捨てることなんて出来るわけない 俺は知ってる 俺には絶対に気付かれないようにしながらも あの家のことを 九条の会社のことを 蓮くんが遠くからずっと見守っていたこと そんな蓮くんが お父さんが倒れた、なんて聞いて 平気でいられるはずなんかない 家のこと 会社のこと 見て見ぬふりなんて出来るはずがないんだ 「…仕方ないよ。今は、蓮くんの思うままにして欲しい」 お父さんを失う苦しさは 誰よりも俺が知ってる もっとたくさん話をしておけばよかった もっとたくさん同じ時間を過ごしたかった 俺が抱え続けた後悔を 蓮くんには味わって欲しくないから… 「ふーん…まぁ、おまえがそれで良いってんなら、いいんだけどさ」 俺の言葉に、那智さんは全然納得出来てない顔で、椅子にどっかりと座った。 「でも、子どもが出来たことだって、まだ話せてないんだろ?いいのかよ、それで。あいつを喜ばせてやりたくないのかよ」 「そりゃあ、蓮くんを喜ばせたい気持ちはあるけど…でも、ほら…まだ、ちゃんと生まれるか…わからないし、さ…」 「柊っ!」 つい、言わないでおこうと思っていた不安が、口から滑り落ちてしまって。 那智さんが、目を吊り上げる。 「ごめん…でも…本当は、怖いんだ…」 聞いた瞬間は 嬉しくて堪らなかった でも時間が経つにつれ 不安や怖さの方が大きくなっていく こんなボロボロの身体で 本当に赤ちゃんなんて育つんだろうか それに… もしもまた この子を失うようなことになったら…? その時、俺は…… 「怖い…もう、あんな思いは…二度としたくないんだ…」 「あんなことは二度とねぇよっ!思い出すな!考えんな!今、ここに命があるんだ。おまえの腹の中で、ちゃんと生きてるんだよ!この赤ん坊を守れるのは、おまえしかいないんだから」 那智さんのごつい手が、俺のお腹を優しく撫で。 もう片方の手が、俺の手を握った。 その手はとても大きく、そして温かい。 「しっかりしろ、柊。今度こそ、蓮との赤ん坊を産むんだろ?」 「…那智さん…」 「さっき、誉の診療所に転院する許可をもらってきた。状態も安定してきたから、うちでも大丈夫だってさ。久しぶりにさ、3人で仲良くやろうぜ。そこで、蓮を待とう。な?」 何度も俺を救ってくれた、頼もしい笑顔に。 「…うん。ありがとう」 俺は素直に頷いた。

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