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天女(つばくらめ)3 side蓮
命のリズムを伝える規則的な機械の音だけが響く、静かな病室で。
布団の上に投げ出された手をそっと握ると、生きているとは思えないほど冷たくて。
胸がぎゅっと絞られるような痛みを訴えた。
「お父さん…」
握った手は、ひどく痩せ細って骨が浮き出ていて。
俺が知っていたお父さんの手より、数段小さかった。
「…どうして…」
『社長は、ずっと自分の病気のことは周囲には隠していました。手術の時も、抗がん剤治療の時も、周囲には海外出張だと嘘をつき、治療が終わるとすぐに仕事に復帰して…社長の病気のことは、私を含めた社長の秘書である3人しか、知りません。龍さんやその秘書である私の息子にも、知らせてはいなかった』
お父さんの秘書である佐久間の父、祐介さんとの会話を、もう一度頭のなかで反芻する。
『それは…九条グループのため、ですか…?』
『そうです。今の龍さんでは、社長の代わりはまだ出来ない。社長が病気だとわかったら、九条グループ全体の株価にも影響を及ぼしますし、なにより、社長のやり方に未だに反発している親戚連中が、ここぞとばかりに権力の座を奪いに来るでしょう。ですが…これは、私個人の意見なんですが…社長の本音は、あなたに知られたくなかったんだと、そう思います』
『え?俺に?』
『ええ。あなたのことだ、社長が病気だとわかったら、九条のことを放っておくことが出来ないでしょう?もしかしたら、九条に戻るとまで、言うかもしれない』
『…それ、は…』
お父さんは俺に戻ってきて欲しくないのか
そう言おうとしたのを、祐介さんが遮った。
なぜか、笑顔とともに。
『あなたは、社長の誇りなんです』
『え?』
『あなたが家を捨てた時、社長はあなたを連れ戻すつもりでした。だが、アメリカで働きながら苦労して大学に通い、たった一人で生きていく覚悟を決めたあなたを見て、社長も影から見守ることを決めた。なにかあったら、すぐに手を貸せる準備だけはして。でも、そんな必要は全くなかった。あなたは自分の才能と努力だけで、今の場所を作り上げた。社長は、私と二人だけの時にだけ、嬉しそうにあなたの話をしていましたよ。自分にはない才能を、あなたはたくさん持っている。あなたがこれから自分の力だけでどんなに大きくなっていくのか、それを見るのが楽しみだとね』
『お父さんが、そんなことを…』
『窮屈な、九条、という箍を、誰よりも外したかったのは社長自身です。きっと、許されなかったそんな自分をあなたに重ねて見ていたんでしょう。自分の力だけで世界を切り開き、本当に愛する人と二人生きていく…そんな夢を、あなたに託していたんだと思います。だから、今さらあなたに九条の重荷を背負わせたくはないと、きっとそうお考えだったんだと、思いますよ。ああ、もちろん、これは私の不躾な推測でしか、ありませんが』
「…お父さんの気持ちも、知らずに…俺は…」
目の奥が、じわりと熱くなって。
零れた涙が、骨張った手にぽたりと落ちた。
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