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天女(つばくらめ)4 side蓮
まんじりともせず、ただ静かに眠るお父さんの顔を見つめていると。
ノックの音とともに、スーツを着た龍が入ってきた。
ボサボサだった髪は、綺麗にオールバックにセットされ。
無精髭も、綺麗に剃られて。
憑き物が落ちたように、スッキリとした顔をしている。
「どう?」
「まだ意識は戻らない」
「そう…」
それだけの会話を交わすと、俺の隣に座って。
お父さんの手を、握っている俺の手ごと、ぎゅっと掴んだ。
「俺…本当にダメなヤツだよね…お父さんが病気だったことも、知らなくて…」
「仕方がないさ。元々、家には殆どいない人だから、すれ違いも多かったんだろ?お父さんのことだ、上手く隠してたんだろうし」
「そうだけど…それでも、ちゃんとお父さんのことを見てれば、気付いたかもしれない。少し前に、仕事をセーブしようかと思ってるって話を聞いたことはあったけど、俺は深く考えないで聞き流しちゃったりして…気付くチャンスはいくらでもあったのに…。志摩だって、俺がもっとしっかりしてれば、命を危なくすることもなかったのに…」
龍は肩を落とし、大きく息を吐き出す。
「本当…俺はいつまでたっても自分のことばっかりで、子どもなんだって、今回はっきりわかったよ」
そうして、チラリと俺を横目で見ると、自嘲するように笑った。
「この間は…ごめん。俺、兄さんにヒドイこと言ったよな。兄さんだって…苦労してないわけないのにさ…」
「…いや…大丈夫だ」
殊勝に頭を下げられて。
言葉にはしなくても、俺も龍に心の中で毒吐いたのを思いだし、気まずさを感じながら頷く。
「昨日さ…一晩中、志摩と話をしたんだ」
「…そうか」
「志摩が、どんな風に楓と出会って、どんな風に一緒に暮らしてたか…楓のこと、どんなに大好きで尊敬してるか、初めて聞いた。俺と結婚して、うちに引っ越してきて、偶然写真を見つけて…本当は楓がいるべき場所を、自分が奪ってしまったんじゃないかって、悩んでたこと…俺が楓を苦しめたことを知って、腹が立ったのと同時にすごく悲しかったことも、教えてくれた」
楓を訪ねて来た時の彼の、今にも消えそうな儚い姿が、脳裏を過った。
「そして、一発殴られた」
「ええっ!?」
でも、次に飛び出した発言に、そんなのぶっ飛んでいった。
ほら、ここ…なんて、龍が指差した唇の左端には、よく見ると赤紫色の傷痕がある。
「あんなにちっちゃくて可愛いのにさ、見た目に反して力は思いっきり男で。びっくりしちゃったよ。側にいたのに、そんな激しい一面もあったなんて、知らなかった」
そう言った龍は、なぜか笑顔で。
「殴った後、泣いて…また怒って…でも…それでも、俺を愛してるって言った…楓を傷付けたことは許せないけど、でも愛してるって…子どもと俺と、三人で幸せになりたいって…そう言ったんだ」
笑顔のまま、目を潤ませた。
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