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天女(つばくらめ)5 side蓮

「…志摩くんは、強い子なんだな。可愛いだけじゃない、すごく心の強い子だって楓が言ってたけど…その通りなんだな」 楓を癒した彼の強さは 「うん…俺、志摩がいなきゃ、一生気が付かなかったことが、たくさんある」 今、龍をも救おうとしているのか 「俺…ずっと、誰かに自分のことを見て欲しかった。俺だけを愛して欲しかった。でも…そうじゃないんだって、ようやく気がついた。志摩の本当の心の内を聞いて、自分の子をこの腕に抱いて…心から、この二人を幸せにしたいって、思った。自分のことなんてどうでもいい。二人が幸せに笑ってくれる、そんな場所を作ってやりたいって。それが、愛するってことなんだって、ようやくわかったんだ」 笑っていた顔が、不意にくしゃりと歪んで。 大粒の涙が、頬を流れ落ちる。 「俺は…楓を愛してたんじゃなかった…愛だと思っていた俺の楓への思いは、ただのバカな子どもの浅はかな独占欲でしかなかったって…ようやくわかった…」 ポタポタと、涙を溢しながら。 「俺が…楓の人生を、歪めてしまった…」 龍は俯いて、きつく唇を噛み締める。 「志摩が産んだ俺の子を抱いて…その重さを知って、命の重さを初めて理解した気がした。自分が犯した罪の深さと、初めて向き合った気がした。こんなに重くて尊いものを、俺は身勝手に楓から奪ってしまったんだと…」 俺の手を握った指先に、痛いほどの力が籠められて。 「楓を苦しめた罪は、全部俺にある。それを許してもらえるなんて、思ってない。でも、なにか償えることがあるなら、なんでもしたい。もしも楓が俺に死んで罪を償えって言うなら、もちろんそうするよ。それだけのことを…俺は、楓にしてしまったんだから…」 大きな肩を震わせ、しゃくりあげて泣き出したその姿に。 「…楓は、おまえに罪を償えなんて、そんなこと言わない。そんなことは、望んでない」 俺は、それだけを伝えた。 「だったらっ…俺は、どうやって償えばいいっ…?」 「…なにも…たぶん、なにもする必要はない」 きっと 楓はなにも望んでいないから どんなに憎んだところで どんな風に詰ったところで 失ったものは 二度と戻って来ることはないのだから 「おまえは、今度こそしっかり自分で立って、志摩くんと子どもを幸せにすることだけ、考えればいい。楓が大切に思ってる志摩くんを泣かせないこと…それだけが、おまえが楓のためにやれることだ」 「…っ…ごめん、楓っ…ごめん、兄さんっ…」 俺の手を、強く握り締め。 いつまでも枯れない後悔の涙を流す龍の手を。 俺はそっともう片方の手で包み込む。 「…生まれた子どもの名前は?もう、決めたのか?」 そう訊ねると、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、空いてる腕でぐいっと顔を拭った。 「…志摩が…世絆(せつな)って名付けたいって。あのこの存在が、俺と志摩を、志摩と楓を、そして俺と兄さんを繋いでくれた。そんな風に、世の中のたくさんの絆を繋いでいく…そんな子に、育って欲しいって」 「世絆、か。良い名前だ」 「うん…でも、一文字じゃないからさ。九条家は代々、一文字の名前を付けるのが慣例だから、どうしようかと思ってるんだけど…」 「そんなの、気にすることないだろ。慣例は単なる慣例であって、強制じゃないし。それに、志摩くんは九条家に新しい風を吹き込んでくれた。新しい九条を背負って立つ子になるんだ。むしろ、慣例を打ち破った名前くらいの方が、いいんじゃないのか?」 「…うん。そうだね。ごめん」 「なんで謝るんだよ。おまえは、世絆に恥じない立派な父親になれ。それを、俺も楓も見てるからな」 「…うん。わかった。ありがとう…」 そうして、しっかりと頷いた龍は。 今まで見たこともない、大人の男の顔をしていた。

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