418 / 566
天女(つばくらめ)6 side蓮
「龍さん、そろそろ会社に戻ってください。風間常務から、今後のことについて話したいとさっきからずっと催促されてるんで」
控え目なノックの音がして、佐久間が顔を覗かせた。
「ああ。わかった」
龍は頷くと、ハンカチで顔をごしごしと拭い。
頬をパン、と一つ叩いて、立ち上がる。
「兄さんは?仕事、戻らなくて良いの?」
「ああ。俺の方は、和哉が全部引き受けてくれてるから」
「そっか…あいつ、マジで兄さんの片腕になったんだな。夢、ちゃんと叶えたんだ。すげぇ」
和哉の名前を出すと、目元が嬉しそうに綻んで。
和哉が、龍のことをまだ友だちだと思ってると言っていたが、龍もまた、同じ気持ちを持っているんだろうと感じた。
「じゃあ、お父さんのことを頼みます」
「ああ。わかってる」
ペコリと頭を下げて、病室を出ていこうとした足が。
2、3歩進んだところで、止まった。
「…ねぇ、兄さん」
「ん?」
「折角、近くにいるんだからさ…相談くらいは、してもいい?」
「なにを?」
「仕事のこと」
そう言って。
踵を返し、また俺の隣に座って、真剣な眼差しで俺の目を覗きこむ。
「みんな言ってる通り、俺じゃお父さんの代わりは無理だよ。だから、兄さんに助けて欲しい」
「無理なんて、そんなことないだろ。今まで、ちゃんとやってきたじゃないか」
「あるよ。わかってるんだ。俺じゃ、九条は背負えない。今までやってきたのは、お父さんが影で支えてくれてたからで、だからお父さんは治療に専念出来なかったんだって」
「おまえが無理なら、俺に聞いたってわからないさ。俺が九条を離れて、何年経ってると思って…」
「アドバイスだけでいいんだよ。いや、俺の話を聞いてくれるだけでいい。…ダメ、かな?」
俺の言葉を食いぎみに遮った龍の眼差しは、幼い頃、一緒に遊ぼうと俺に纏わりついてきた時のそれに似ていて。
そういえば…
あの頃は家庭教師の課題が多くて
龍の誘いに乗ることも出来なかったな…
俺だって
本当はおまえと遊びたかったのに
そんな懐かしい気持ちを、思い起こさせた。
あの時の
そして全てをおまえに押し付けた罪滅ぼしじゃないけど
今の俺に出来ることなら…
「…話を聞くだけだぞ?アドバイスなんか、出来ないからな」
そんな気持ちが沸いて。
気が付いたら、そう答えてしまっていた。
「ありがとう!じゃあ、よろしく!」
ぱあっと、無邪気な子どものように顔を綻ばせ。
俺に頭を下げ、早足で出ていく龍の大きな背中を見送って。
ドアが閉まるのを見届けると、大きく息を吐き出す。
「…まいった…」
つい、絆されて
俺はとんでもないことに頷いた気がする
「…ごめん…楓…」
どんな形であれ
俺が九条に関わること
おまえは嫌がるかもしれないけど…
「やっぱ、ほっとけないんだ…ごめんな、楓…」
困ったような顔をした楓を思い浮かべながら。
左手の薬指に填めたお揃いの指輪に、許しを乞うためにそっとキスをした時。
バイブレーションにしていた携帯が震えた。
開くと、楓からで。
ドキリと心臓が跳ねる。
「…まさか…」
あいつ、テレパシーとか使えるんじゃないよな!?
あまりのタイミングに、そんなバカなことを考えながら開いたメッセージに書かれてあった内容に。
「え…?」
俺は思わず、驚きの声を上げた。
ともだちにシェアしよう!

